兄の夢の再生

日差しの差し込む静かな午後、僕は兄の部屋を訪れた。薄暗い部屋の中、兄は古いギターを抱いて座っていた。彼の手は、弦を弾くために柔らかく動くけれど、目は何かを考え込むように遠くを見つめていた。


「何を考えてるの?」僕は問いかけた。


「過去のこと。昔のバンドのこと。」兄は答えた。兄は高校時代に友達とバンドを組んでいたが、夢を追う中で忙しさに追われ、いつの間にかそれを諦めてしまったらしい。


「またやったらいいじゃん。」軽い気持ちで言った。そんなつもりはなかったけれど、兄の表情が一瞬だけ変わったのを見逃さなかった。


「もうそんな歳でもないし、自信もない。」兄はギターを置いた。「高校生の頃は夢があったけど、今は現実に追われるばかりだ。」


兄の言葉には、どこか寂しさが漂っていた。僕たちは、幼い頃からずっと一緒に育ってきた。小さなころは、兄の後を追って何でも真似をした。兄の影響でギターを始めたのも、兄の友達と遊びたくてサッカーを始めたのも、すべて彼の存在があったからこそだ。


「なあ、兄さん、今からでも夢を追うっていうのはダメなの?」と僕は言った。この言葉が、どれだけ重い意味を持つかを兄も理解しているかもしれない。


「うん、そうだね。でも、やっぱり時間がないし、他にもやるべきことがたくさんある。」兄はそう言いながら、少し微笑んだ。しかしその笑顔の裏には、何か捨てられた夢があるようにも感じた。


その時、部屋の隅にある古ぼけたダンボール箱が目に入った。「それ、何?」と訊ねると、兄は少し戸惑ったように目をそらした。


「昔の思い出の品が入ってる。」彼はそう言いながら、ダンボールを引っ張り出して開けてみた。中には古い写真や、バンドのチラシ、友達との手紙が詰まっていた。


「うわぁ、懐かしい!」僕は声を上げた。そこには、兄たちのバンドが出演したライブの写真や、笑顔の友達が写った青春の一瞬が収められていた。兄も昔を思い出し、目が少し潤んでいる。


「この時、楽しかったなぁ。」兄の声には懐かしさがこもっていた。その瞬間、彼の表情が少年の頃のままになり、少し無邪気さを取り戻した気がした。


「どうしてあの時、続けなかったの?」と僕は遠慮なく尋ねた。今まで聴けなかった問いかけがようやく口に出た。


「怖かったんだ。夢を追うのが。もし失敗したらどうしようって、いつも考えてた。」兄は静かに語った。「でも、今思うと、それが一番の後悔かもしれない。」


僕は兄の言葉に胸が締め付けられる思いがした。夢を追うことは、無謀に見えるかもしれないが、でも一度も追わなかった後悔の方がずっと重いのではないだろうか。


「兄さん、また夢を追ってみたら?今度は一緒にやりたい。」少し勇気を振り絞って言った。その言葉は、兄にも響いたのだろう。彼の表情が一瞬、固まった後、少しずつ柔らかくなっていくのがわかった。


「そうだな、一緒にやるのも悪くないかもしれない。」兄は、ついに小さく微笑んだ。


そして、兄は再びギターを手に取り、少しずつ弦を弾き始めた。その音色が部屋の中に響くと、僕は何か特別な瞬間を体感しているような気がした。兄との絆は、このメロディーでさらに強まったのかもしれない。


「今度の週末、友達を呼んでみるよ。少しだけ、もう一度あの頃を取り戻してみようか。」兄の提案は意外だったが、それが実現するかどうかはわからない。しかし、その時初めて兄が自分の夢を再び思い出してくれることに、心から嬉しさを感じた。


日が暮れていく中、兄のギターの音色はずっと続いていた。何か新しい夢がまた花開こうとしている、その瞬間を共有できることが、僕にとっても何よりの喜びだった。無邪気な子供のように、一緒に未来を描いて行けるかもしれないという希望が、心の奥に少しずつ広がっていった。