思い出の代償
魔法が存在する世界、セリューン。この世界では人々が魔法を使うことができるが、それには大きな代償があった。魔法を行使するたび、使用者は自らの「思い出」を失うのだ。思い出を使うことで、瞬時に強大な力を得ることができるが、失われた思い出は二度と戻らない。そうした厳しいルールがあるため、多くの人々は魔法を悪用することなく、慎重にその力を使っていた。
物語は、若き魔女エリスから始まる。彼女は村の周辺で小さな薬草を使った治療や魔法を教えながら穏やかに暮らしていた。しかし、エリスは常に自らの無力感に悩んでいた。特に、村の近くに現れる魔物に対する恐怖は彼女の心を占めていた。家族や友人は魔物の襲撃を恐れ、村は日々不安に包まれていた。
ある晩、エリスは村の広場で奇妙な音を聞く。音の正体を探るため、彼女は家を出て、薄暗い森の中へと進んでいった。その時、彼女は耳をつんざくような叫び声を聞く。向かった先には、巨大な魔物が村人を襲っている光景が広がっていた。恐怖と焦りが彼女を襲ったが、心の奥にある思い出が彼女を我に返らせた。彼女は自分の大切な人たちを守るため、勇気を振り絞る。
エリスは自らの思い出を犠牲にし、強力な魔法を発動させた。光がその場を照らし、魔物の動きを止め、次第に消滅させていった。しかし、彼女の心に響く音がした。それは彼女が大切にしていた思い出の断片が、消え去る音だった。家族の笑い声、友人との楽しい日々、そして自分自身の成長を感じた瞬間が、次々と失われていくのを感じた。
村人たちは歓声を上げ、エリスを称賛したが、彼女の心は重苦しかった。立ち尽くす彼女の目の前には、消えかけた思い出の影が漂っていた。「これでよかったのか?」と彼女は自問した。村人たちを守るためとはいえ、自分自身のかけがえのない思い出を失ってしまったことに、エリスは苦悩した。
数日が過ぎ、村は平和を取り戻したが、エリスは以前のように笑顔を見せることができなかった。彼女の心の中には、欠けた部分が残り、思い出の影はますます濃くなっていく。一方で、村人たちはエリスの力を頼りにし、ますます彼女に期待を寄せた。エリスは彼らの期待に応えようと、また魔法を使うことを決意した。しかし、そのたびに思い出が失われていくことへの恐怖は彼女を離れなかった。
ある日、彼女は村の外れに住む、奇妙な老人に出会う。老人は彼女に言った。「魔法には代償がある。しかし、思い出を失うことだけが代償ではない。思い出は、経験や感情に存在するものだ。それを意識し、他に意味を見出せれば、失った思い出が無駄ではなくなる。」
老人の言葉に心動かされたエリスは、自分の失った思い出を持ちながらも、新たな経験を追求し始めた。彼女は村人たちと共に農作業や祭りを楽しみ、彼らの生活に寄り添う中で、自分の心に新しい思い出を刻むことを学んだ。
魔法を使うことに恐れを抱きつつも、エリスはその力を別の視点から考えるようになった。彼女は思い出を失うことの悲しみの中で、村の人々との繋がりや共感を感じることができた。それは彼女自身を豊かにし、失った思い出を埋める新しい喜びを生んだ。
そして、彼女は魔物が再び襲来しても、自らの魔法を使って村を守ることができるだろうと信じるようになった。魔法の力を持ちながらも、それに頼らず、繋がりを大切にして生きることが、エリスのこの新たな旅の始まりとなった。思い出は消えたが、彼女の心の中には、形を変えた新しい思い出が泣いて喜んでいた。