森の掟:禁じられた森の謎

森の奥深くにある小さな村、この村には古くから伝わる禁じられた掟がある。それは「夜の森に入ってはならない」というものであった。地元の人々はその掟を厳守し、夜になると家の中に隠れるように暮らしていた。誰もその理由を詳しく語ろうとせず、ただ「夜の森には何か恐ろしいものがいる」とだけ囁かれていた。


ある秋の夜、大学から帰省していた青年、直人はその掟に背く決意をした。科学を信奉する彼は、その恐怖が単なる迷信であると信じていたのだ。友人と一緒に飲んだ勢いも手伝って、「一度くらい森の中を探検してみよう」と、ろうそくを片手に深夜の森へと足を踏み入れた。


森の中は異様に静かで、風もなく木々のざわめきひとつ聞こえない。一歩一歩進むごとに直人は微かな違和感を覚えた。周囲の小道に置かれた古びた石の像が目に入る。顔がひび割れ、表情は険しく、体中に苔が生えている。不愉快なほどリアルな像だった。


「おい、これ見てみろよ」


直人は足元に何かが光っているのに気づいた。それは古びた銀のペンダントで、人間の顔の形に彫られた奇妙な装飾がついていた。手に取ってみると、不思議な温もりを感じる。


突然、後ろから冷たい風が吹き、直人は思わず振り向いた。そこに立っていたのは、まっ黒い服を着た長い髪の女性であった。その顔は薄暗く、目だけが異常に大きく光っていた。


「それを元の場所に戻して」


低くしわがれた声が響き、直人は驚愕してペンダントを落とした。すると、女性はすうっと姿を消し、直人は自分がひどく冷たい汗をかいていることに気づいた。


直人はその夜、あまりの疲労感に打ちひしがれ、フラフラしながら家に戻るとすぐに眠りに落ちた。しかしその夜、奇妙な夢にうなされた。あの森の中の石の像が動き出し、直人に向かってのしかかってくる夢だ。その中で、黒い服を着た女性が「戻さなければならない」と何度も繰り返し言っていた。


翌朝、直人は目が覚めたとき、体が動かないことに気づいた。恐怖が高まり、どうにか声を出して助けを求めたが、誰も反応しなかった。すると、壁の時計が異常な速度で時間を刻み、その音が耳をつんざくように響いた。


ある日、家に戻ってきた直人の母親が彼の異変に気づき、村の長老に助けを求めた。長老は深い皺の刻まれた顔で、「夜の森に入ったのか?」と一点を見つめたまま訊いた。直人が頷くと長老は静かに「それは、禁忌を犯したのだ」と告げた。


「その女性は、かつて村に住んでいた巫女だ。彼女は森の守り神として村を守っていた。しかし、ある日、村人たちが彼女を裏切り、彼女にかけられていた呪いを解こうとして彼女を殺してしまった。その後、彼女の魂は森に留まり、禁忌を破る者を許さない。」


その言葉を聞いた直人は、最後の力を振り絞り、森へと向かう決意をした。彼はなんとか体を引きずりながら森の深奥へと入っていく。そして、あの古びた石の像の前にたどり着いた。


「戻さなければ…」


直人はそう呟きながら、再びペンダントを取り出し、像の足元に戻した。途端に、激しい風が森全体を駆け抜け、木々がざわめき始めた。それと同時に、直人の体が軽くなり、自由に動くことができるようになった。


ふと、黒い服の女性が木々の間に立つのが見えた。今度は顔には優しい光が宿っていた。


「ありがとう」


彼女は静かに消えていったが、その瞬間、直人はすべてが終わったことを知った。


村に戻ると、村人たちの表情も穏やかになっていた。直人は長老に深く感謝し、心の中で巫女の魂に対し謝罪と感謝を捧げた。その日から村には再び平和が訪れ、人々は夜の森に足を踏み入れようとはしなかった。


数年後、直人はその村の言い伝えを守る者として村に戻り、夜の森を決して軽んじることのないよう、村人たちに語り継いだ。かつての恐怖をいつまでも忘れないために。