暗闇の秘密
霧が立ち込めた秋の夜、古い図書館にはほとんど人影がなかった。床板がきしむ音と共に、ライブラリアンの古澤京子は本棚の間を静かに歩んでいた。急に足を止め、先週新しく入った蔵書の棚を見つめる。
「たしかこの辺りに……」
京子の目は一冊の地味な装丁にとまる。それは古びた革の表紙が特徴的な一冊、タイトルは『失われた時計塔の謎』。
その夜、京子はいつもよりも早めに閉館準備に取り掛かり、全てが整った後、彼女のオフィスに戻った。部屋に差し込む薄明かりの中で、彼女はついにその本を手に取った。だが、その本を開いた瞬間、京子の目に映ったのは予期せぬものだった。
「何これ……?」
その手書きのページには、古びた地図が描かれており、地図の片隅には不可解な数式と暗号が記されていた。興奮と好奇心から、京子は夜を徹しすぐにその暗号を解こうと試みた。何かがこの図書館に隠されている——そう彼女は確信した。
次の日の朝、京子は一晩中暗号を解くことに成功した結果、図書館の地下室にたどり着く手がかりを得た。地下室ならずっと前に閉鎖され、誰も立ち入らなくなっていたため、不安とともに鍵を手に取った。彼女は図書館の地下へ続く薄暗い階段を下り、重い鉄扉を開けた。
扉の向こうには、埃まみれの古い家具と書物が無造作に置かれていた。京子は棚の奥に何かが見えたのに気づいた。それは隠し扉のようだった。扉の後ろには小さな部屋があり、中央に古びた木製の箱があった。
「これが……」
箱を開けるとき、突如として電灯が切れ、部屋は闇に包まれた。同時に背後で金属音が響き、京子はぎくりとした。
「誰かいるの?」
返事はなく、ただ息苦しい沈黙だけが漂った。しかし、何者かの視線を感じた京子は背筋を凍らせた。慌てて懐中電灯を取り出し、光をかざした。その光は何かを捉えた。影が動いたのだ。
「誰かいるなら、出てきて!」
光が再び揺れた瞬間、素早い動きで何者かが京子に飛びかかってきた。咄嗟に京子は身を引いたが、手には冷たい感触が残った。それは古びた書斎の鍵だった。しかし、相手の姿は完全には見えなかった。
その瞬間、京子は鍵の奥に秘められた真実を全て知ろうと決意した。彼女は急いで部屋を出て、扉をしっかり閉じ、その鍵を持ち帰ることにした。
翌日、図書館の地下室で見つけた古い鍵を調べるため、京子は再び地下に降りた。しかし、その日から何もかもが奇妙だった。京子が印を付けたはずの図書館の本が、別の場所に移動しているとか、彼女が記したメモが消えているとか、説明のつかない現象が続いていた。
また、同僚も次第に京子の行動を怪しむようになり、「最近、何かおかしいことをしていないか」と尋ねるようになった。しかし、彼女は答えを出すことができず、ただ一途に謎を解明することに執念を燃やし続けた。
ある晩、彼女は意を決して一人で図書館に戻った。全てが違和感に満ちた夜、古い地図と数式をもう一度繰り返し検討し、鍵の役割を考えた。そして、ついに隠れた手がかりを見つけた。
「やっぱり、ここだ……!」
再び地下に降りる京子の足取りは軽快でありながら、心には不安が募っていた。鍵が開けたのは古い鉄格子の扉で、その先にはかつての図書館員たちの秘密の詰まった部屋が広がっていた。そこには、多くの未解明な資料と一緒に、一冊の古い日記があった。
『今日、我々は最後の鍵を隠した。この秘密が守られる限り、図書館は安泰である。しかし、決して開けてはならない。興味本位で立ち入る者には災いが降りかかるだろう……』
京子はその言葉を読んで、背筋が凍る思いをした。隠れていた何者かが、彼女の背後で息を飲んでいるのを感じた。そして、ふとした瞬間に突然明かりが消え、完全な闇が彼女を襲った。
その後、古澤京子の姿は、誰の目にも触れなくなった。ただ、図書館の地下には数々の古い蔵書が増え、その中には彼女の手によるメモが隠されているという話だけが伝わっている。京子がどんな秘密を暴こうとしていたのか——その答えは、未だに図書館の暗闇に沈んだままである。