木の下の絆
ある晴れた日、晴雄と健太の兄弟は、家の近くの森に遊びに行くことに決めた。歳の差はわずか二歳だが、性格はまるで正反対だった。晴雄はおっとりしていて、周りに気を配る優しい性格。一方、健太は負けず嫌いで、いつも先を急ぐタイプだった。
「今日は、僕が一番高い木に登って、景色を見せてあげるよ!」と健太が宣言した。
「それはいいけど、気をつけてね。無理はしちゃダメだよ」と兄は心配する。
「大丈夫、大丈夫!晴雄はいつまでも地面にいてもしょうがないでしょ!」と健太は笑いながら言い、森の奥へと進む。
兄はそんな健太の後ろをゆっくりついていく。途中、沢山の色とりどりの花が咲いており、それを見つけるたびに晴雄は立ち止まっていた。健太は先に進みながら「早く来いよ!」と時折振り返る。
木々が生い茂る場所にたどり着くと、健太は一番高そうな木を指差した。「あの木に登るぞ!」興奮した彼は早速、木の幹に手をかけて登り始めた。
「待って、健太!」と兄は叫ぶが、健太は進んでいく。木のうねった枝を器用に使い、急速に上へと昇っていく。
やがて、健太は木の一番上までたどり着いた。「見て!すごい景色だ!」と叫んだ。しかし、晴雄にはその声が不安を伴っているように感じられた。
「本当に気をつけて!」と心配した晴雄は、木の下で見上げる。すると、その瞬間、健太がふとよろけ、手を滑らせてしまった。兄の心臓は止まるかと思った。健太は慌てて枝を掴もうとしたものの、次の瞬間、彼は地面に落ちてしまった。
「健太!」と叫びながら、晴雄は駆け寄る。健太は地面に倒れているが、幸いにも大きな怪我はしていない。ただ、ショックで顔は青ざめていた。
「痛い…」と健太はつぶやく。
「大丈夫か?」兄はそっと健太のそばに跪いた。自分の心が非常に痛む一方で、晴雄は救助をするかのように慎重に彼を抱き起した。
「お前、もう少し気をつけて行動しようぜ」と優しく言うと、健太は何も言わずに視線を伏せた。
その夜、家に帰った二人は、夕食を囲んでいた。お母さんが「二人は一緒に遊んでいたんでしょう?今日はどうだったの?」と尋ねる。
健太は沈黙し、晴雄がかばうように答える。「健太が木に登ったけど、ちょっと転んじゃった。でも大丈夫だよ。」
その後、誰もその話題には触れなかった。健太は内心、自分が兄に心配をかけたことを気にしていた。兄は自分の言葉を恐れているかのように見えた。
日が経つにつれて、健太は兄に気を使うようになった。それまでの無邪気な態度は少しずつ控えめになり、晴雄の心配をあまりかけまいと努力した。
ある日、再び森に行くことにしたが、健太は「今日は木には登らない」と宣言した。兄はほっとして、代わりにいろんな花を探すことにした。
「これ、見て!綺麗な花だ!」晴雄が見つけた小さな花を指差し、笑顔で見せた。健太もそれを見て微笑む。
「お前、花を探すの好きなんだな」と呟くと、晴雄は少しドキッとした。普段の兄の楽しそうな姿に、健太はただ嬉しかった。
日が暮れるころ、二人は森を後にしながら、話をしていた。笑ったり、時には静かな沈黙を保ちながら。健太は心に決めた、もう兄に心配をかけないようにしようと。
大きくなっても、二人は今でも一緒に森に行くことが多かった。高い木には登らないけれど、それでも二人で過ごす時間はどれだけ貴重なのかがわかっていた。
山や木々の美しさも、兄弟の愛情や絆を深めるための一部だと彼らは感じていた。健太は、兄の存在は自分にとってかけがえのないものであることに気づき、日々の小さな冒険を大切に思うようになった。
それから数年後、健太は再び高い木に登ってみたいと思うようになった。ただし、兄と一緒に。どこかで彼のそばには、いつでもあの優しい存在があるから。兄弟の絆は、どんな困難をも乗り越える力をくれるのだと気づいたのだ。