兄弟の小さな勇気
薄暗い路地裏で、兄の翔太は弟の陽介を待っていた。不安が胸を締め付け、周囲の雑音も遠く感じる。彼らの家族は、両親が早くに離婚し、母親が再婚してからは、兄弟は別々の家庭で育てられた。翔太は父親のもと、陽介は母親の新しい夫とその子どもたちと暮らしていた。両親の影響で、二人は育ち方が全く異なり、いつしか心の距離も広がってしまった。
約束の時間を過ぎ、翔太は焦りを感じる。陽介は明るく陽気な性格だが、最近は学校でのトラブルが重なり、彼の心が不安定になっていることを優しい兄として気にかけている。だが、翔太自身も忙しい毎日の中で、弟を支える余裕がなかった。
ようやく陽介が姿を現した。彼は少し疲れた様子で、翔太を見つめた。翔太は少し驚いた。「遅れてごめん、ちょっとモメてたんだ」と陽介は下を向きながら言った。翔太はその調子が気にかかり、心配そうに訊ねた。「またか?何があったんだ?」
陽介はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。「クラスでゲームのことで言い合いになった。そしたら、○○君が俺のことをバカにするようなこと言って…」
翔太は思わず口を開いた。「それって、お前がちゃんと返せばいいんじゃないか?」しかし、陽介は反論する。「でも、僕が何を言っても聞いてくれないんだ。どうしてもみんなの前で恥をかかされた感が強くて…」
兄の言葉を受け入れられない弟の姿を見て、翔太は少しイライラする。無力感と共に、何もできない自分が情けなくなった。翔太は心の中で何かが叫んでいた。「もっと自分を強く持て、お前は弱くないんだから!」
「それでも、どうしても彼らが怖くて…」と陽介が続ける。翔太はデコボコした壁に背を預けてため息をついた。「どうしたらいいか、もう分からない。お前はいつも楽しそうに見えるから、ちょっとしたことで悩んでいるなんて思ってもみなかった。」
陽介は顔を少し赤らめたが、すぐに柔らかな笑顔を浮かべた。その瞬間、翔太の心の重石が少し軽くなる。「大丈夫だよ、兄さん。俺、頑張るからさ。お兄ちゃんがいつもいるから、少し安心してる。」
その言葉には、心が潤む思いがした。しかし、翔太はその安心が一時的なものであってほしくないと願った。翔太は陽介をちゃんと支えたい。ただそれだけだと強く願っていた。
その翌日、翔太は陽介の学校の近くで待ち合わせをした。学校の前にはたくさんの生徒たちが行き交い、その中に陽介の姿が見えた。彼は友人たちと楽しそうに会話をしている。しかし、翔太の視線が捉えたのは、その背後にあったクラスメイトの○○君だった。翔太はその時、身体が固まった。あの子が陽介を小馬鹿にしている姿が目に刻まれていた。
翔太は思わず陽介のもとに駆け寄った。「陽介!」と声を上げた。周囲の目が彼に向く。陽介は驚いて振り返り、目を大きく開く。「兄さん、何でここに?」
「お前を守るためだ。お前は誰にもバカにされる権利はないんだから。」翔太は胸の内に秘めていた感情を吐き出した。○○君も驚いた様子で翔太を見返しているが、翔太は彼に目を合わせることができなかった。ただ、心のどこかで自分の行動が間違っている気がしていた。
その時、陽介は先に口を開いた。「兄さん、やめて。僕が解決するから。僕は弱くない。」その言葉に、翔太は一瞬固まった。弟は自らの力で立ち向かおうとしていた。彼の強さが急に誇らしく思えた。
陽介は続けた。「いつも兄さんが見守ってくれているから、僕も自分を信じたいんだ。」翔太はその言葉を聞いて少し驚いた。弟には自分を支えてくれる存在がいたのかもしれない。そこにいるすべての生徒たちの前で、陽介は毅然とした表情で立ち上がった。
翔太は自分の心が少し軽くなるのを感じた。兄として弟を支え続けることが彼の使命だと思っていたが、時には弟が自らの力を発揮する姿を見守ることも大切だと学んだ。
それからしばらく、陽介は少しずつ自信を持つようになり、学校でも友達との関係を築いていく。しかし、兄弟の絆は決して変わらない。翔太は陽介の成長を静かに見守りながら、自分もまた何か新しいことを学び続けていく。彼らの心の距離は、日々の小さな勇気により、少しずつ埋められていくのだった。