罪の重さ、心に刻む
1880年代の東京、明治時代の初め。西洋文化が流入し、急速な変化が社会を揺さぶっていた。町の片隅、薄暗い酒場にひっそりと佇む男、名を長谷川宗一郎という。彼はかつて有名な武士の家系に生まれたが、明治維新の波に翻弄され、今やさまざまな仕事を転々としながら暮らしていた。
ある晩、酔いつぶれた男たちが酒場で喧嘩を始めた。長谷川は静かにその様子を見守っていたが、ふと耳にした会話に心を引かれた。「聞いたか?あの偉そうな商人が夜遅くに大金を運んでいるらしいぜ。すぐに狙うべきだ。」商人の名は黒木。一代で財を成した立派な男で、地域でも知らぬ者はいない。
長谷川はその夜、商人の家へ向かう決意を固めた。彼には一つの理由があった。彼の妹、彼を慕い続けていた若き女性が病に倒れ、治療のための金が必要だった。しかし働いても働いても追いつかず、痛みが彼の胸を締めつけた。
翌日、長谷川は昼間のうちに商人の家を偵察した。黒木の家は贅を尽くした大きな屋敷で、警備も厳重だった。しかし、長谷川の心には躊躇はなかった。彼は何度も悪夢のような日々の中で妹の苦しみを見てきた。その思いは、彼を危険な道へと駆り立てた。
夜が更け、月明かりに照らされる道を選び、長谷川は忍び足で商人の屋敷へと向かった。運よく警備が隙を見せた瞬間、彼は屋敷の中へと滑り込む。心臓の鼓動が耳鳴りのように響く中、彼は金庫の前に立った。しっかりとした動作で鍵を開け、目の前に現れた金塊の輝きに思わず息を呑む。
その時、背後からひそやかな足音が聞こえた。驚き振り向くと、商人の息子、黒木翔太が立っていた。彼は目を見開き、長谷川に気づいた。「お前、何をしている!」と叫ぶ翔太。しかし、長谷川はその場から逃げ出すことができず、逆に翔太を押し倒して金を持ち去ろうとした。だが、翔太は意地を見せ、抵抗する。二人の間で激しいもみ合いが始まった。
何とか翔太を押しのけ、長谷川は金を手にし、屋敷を後にした。しかし、逃げる最中、心に一瞬の後悔がよぎった。自分は何をしているのか。この金が果たして妹を救うのか、それとも今後の自分を呪う原因になるのか。逃げる足も、その足元の道も、彼にとっては暗い闇の中に消えていくように感じた。
その後、妹のために金を使い、病院で治療を受けさせた。しかし、妹は回復することなく、数ヶ月後に息を引き取った。長谷川は自らの行いを悔やみ、日々に苛まれた。商人一家は家族を狙った強盗の報告を警察にしており、長谷川の後ろには常にその影が迫っていた。
ある日、長谷川は道端で見知らぬ男と出会った。彼は冷静な目をしており、何かを知っているかのようだった。「お前の罪は隠し通せない。追い詰められているのはお前だけではない。」男はそう呟き、長谷川の心に恐怖を植え付けた。
数日後、長谷川はついに捕まる。警察に連行される彼の背中には、妹に対する申し訳なさと、自らの無力さがまとわりついていた。裁判の日、長谷川は、己の罪の重さを痛感した。法廷で語った自分の過去は、まるで彼を責め続ける無数の罪に対する告白のようだった。
判決が下され、長谷川は懲役にされることとなった。刑務所の中で彼は、自らの選択が何を生んだのかを考えることとなる。妹を救うという名目の下で行った犯罪が、結局は彼女に対する裏切りであったことに気づく。そして、彼は明治という新しい時代の波に翻弄され、ただ一人、罪を背負ったまま生きることを余儀なくされた。人生の皮肉に思える運命の中で、何を選択するかという問いが、彼の心に永遠に残ることとなった。