影を超える絵
僕には二人の兄がいる。長男の篤は、物静かで几帳面な性格だ。中間子の雅也は、いつも明るく、まるで太陽のように周囲を照らす存在。僕は三男であり、彼らの影に隠れがちな存在だった。幼い頃は、彼らと何をして遊ぶかが僕の一日の最大の楽しみだったが、次第にその関係は少しずつ複雑になっていった。
家は古い木造の一軒家で、壁には兄たちの成長の記録が張り出されていた。篤が小学校に入る頃、彼は毎年のように成績優秀賞を取り、それを誇らしげに見せる姿が印象に残っている。一方、雅也は野球部でエースピッチャーとして活躍し、毎試合勝利の興奮を家に持ち帰ってきた。二人の輝かしい姿を見ていると、自分が何をしても彼らの足元にすら及ばない気がしてしまった。
そんな僕が唯一自信を持てたのは、絵を描くことだった。絵を描くときだけは、兄たちの目を気にせず、僕自身の世界に没頭できた。ある日、僕は自画像を描いた。その絵には大きな瞳と無邪気な笑顔が描かれていた。完成した作品を兄たちに見せると、篤は静かに頷き、雅也は「すげぇ!これ、チームに送ったらお前も絵が上手いって自慢できるよ!」と言いながら笑った。その瞬間、僕の胸は嬉しさと照れくささでいっぱいになった。
しかし、時が経つにつれて、篤の勉強への情熱はますます強まり、雅也の野球への思いも深まっていった。そんな二人に挟まれ、僕は自分の存在意義について悩むことが増えた。自分の絵が本当に特別なものなのか、他の人と比べる必要があるのか。兄たちの成果が光り輝く中、僕は自分の位置を見失ってしまった。
高校に入ると、篤は進学校に進み、雅也は特待生として野球部に入った。僕はその間に普通の学校に通っていたが、二人との距離がどんどん広がっていくのを感じた。兄たちはそれぞれの道を歩んでいるのに、僕はただ確立された道を見つけられずにいた。その頃、僕は絵を描く楽しさを忘れ、ただ兄たちの活動を応援するという立場に甘んじていた。
ある日、篤から「兄弟で集まらないか?」と誘われた。久しぶりに三人が顔を合わせることになったその日は、篤の部屋で過ごすことにした。久しぶりに見る兄たちの姿は、やはり頼もしく、憧れで溢れていた。少しぎこちない空気の中、雅也が「最近、どう?」と尋ねると、自然と会話が始まった。それは久しぶりに感じる兄弟の温かさだった。
その日、夕食の後、篤が僕に話しかけてきた。「お前、絵を描くの好きだろ? なんで続けないんだ?」その言葉に驚いた。他の兄弟たちには僕の絵をあまり気にかけてもらえないと思っていたからだ。僕は口ごもるように「今はあまり描いてない」と答えた。すると篤は続けた。「人はそれぞれの良さがあるんだから、無理にすり合わせる必要はないんじゃないか?」
その言葉は、まるで暗闇に光が差し込む瞬間のようだった。兄が持つ真摯な姿勢と、雅也の明るい笑顔が相まって、僕の心の奥に眠っていた情熱が目を覚ました気がした。「もっと絵を描いて、どんな風に表現できるのか試してみたらいいんじゃない?」雅也も続けてくれた。その時、兄たちの優しさに触れ、さらなる勇気を得た。
その後、僕は再び絵を描くことに没頭した。兄たちがいかに自分の夢を追い求めているのかを見て、彼らの姿をインスピレーションに変えた。兄たちの道も、僕の絵も、それぞれの色を持つ個性であり、どちらも大切なものだった。兄弟の存在が、いつも僕の背中を押してくれることに気がついた。
そして、時間が経つにつれて、兄たちと僕は何度も一緒に絵を描くことや、篤の勉強をサポートすること、雅也の野球の応援をすることになった。互いの道を支え合い、時には競い合いながら、僕たちは兄弟としての絆を深めていった。
兄弟という存在は、時に競争であり、時に協力であり続けることで、互いの成長を促してくれる。兄たちの背中を追いかけたことで、自分を取り戻すことができた。そして、僕は自分の夢をしっかりとつかみ、兄たちと共に成長し続けることを決意した。