共に新たな道

夏の終わり、炎が教会の鐘楼にまで届きそうなほど町は燃えていた。フランス革命の嵐がこの片田舎の町にも押し寄せ、貴族も平民もなく全てを巻き込んでいた。エミール・ルブラン侯爵は壊れた窓から燃え上がる町を見下ろしながら、深いため息をついた。


「侯爵様、急いでください!」


忠実な執事のベルトランが、荒れ果てた書斎で侯爵を急かしていた。彼の顔には汗と煙で薄汚れた跡があり、その必死さが痛々しかった。エミールは、長年仕えた執事の顔を見ると、ゆっくりと頷いた。


「そうだな、ベルトラン。だが、私は逃げることに何の意味があるのか考えてしまう。」


エミールは回収されずに散らばっている過去の栄光を思い出すように、書斎の壁に掛けられた古びた肖像画に視線を戻した。一家の象徴であったルブラン家の紋章――栄華と誇りの象徴が、それに重なる。


「侯爵様、政治の風が変わったのです。今は何よりも生き延びることが大切です。ルブラン家の未来のためにも、ここを離れましょう。」


エミールはまた袴帯を引き締め、勇気を振り絞って外へ出る決意をした。ベルトランとともに、二人は地下通路を通り抜け、燃えさかる屋敷の裏手に出た。その先には急いで用意された馬車が待っていた。



時間が経つにつれ、羽を痛めた鳥のような心地が胸を覆った。逃げ延びたといえども、エミールには新たな生活が容易に見えるわけではなかった。パリで暮らすことなんて想像もできなかったからだ。彼はその歴史的重みの中で育ち、その重みが未来にも負担となることを知っていた。


革命政府が設立され、国中の秩序は急速に変わっていった。農民たちは土地を取り戻し、貴族たちは拘束されるか逃亡するかのどちらかを余儀なくされた。エミール自身も、革命軍の捕捉を避けるため、名前を変えて隠れ住むこととなった。


仮に「エミール」という名前を捨て、「ジャン」という偽名を使って新しい生活を始めた。彼はベルトランの助けを借りて、パリの片隅に小さなパン屋を開いた。生き延びるためには何でもやる覚悟だった。


だが、ある日、途方もない運命が訪れる。支配者となった革命政府の代表者ジャン=バティスト・ルポールが店に訪れたのだ。彼は高貴な風格と威厳を帯び、おそらく新政府の中でも有力者の一人であることが一目でわかった。


「ジャン、お前の焼くパンはこの街で一番だと聞いた。俺も一度食べてみたいと思っていたが、ここに来るとはな。」


エミール、いやジャンは微笑みを返しつつ、焼き立てのパンを差し出した。しかし、彼の内心は震えていた。かつての敵が目の前に立っているのだ。だが、それが始まりだった。


ルポールは日に日に訪れ、その度にジャンは彼と顔を合わせることになった。その中で、ルポールがかつての友人であることを知った。いや、正確には、政治に巻き込まれた相手だった。「革命」という名の激流に翻弄されたのは、彼も同じだったのだ。


ある夜、パン屋の暖炉の前で穏やかな火を囲みながら、二人は心の奥底にある本音を語り合った。


「ジャン、本当は何者だって関係ないさ。今ここで生きていることが重要だ。俺たちだって同じ人間だ。この国を変えたのは革命だけじゃない、俺たちの意志と汗だ。」


エミールは驚きながらも、この言葉に共感を覚えた。政治の混乱が個人の運命を狂わせたが、それでもなお、人々が手を取り合って生きていくことは可能だと感じた。


それから数ヶ月、エミールとルポールの友誼は深まり、エミールは信じ始めた。新たな時代の中でこそ、彼らが共に力を合わせて未来を築けるのだと。


「共にこの国を、新しい政治を作ろう。貴方と私なら、きっとできる。」


ルポールは提案した。そして、エミールもその手を握りしめ、頷いた。


パン屋の暖炉の火が安定した温かさを放ち、それが明日への希望となる。二つの異なる背景を持つ者同士が手を取り合い、新たな道を歩むことができる。それこそが真の政治であり、人々の願いだったのかもしれない。


そして、それはエミールの胸にも力強い決意として、未来への希望を灯し続けたのである。