声が導く日々

「彼女の声」


私の名前は直樹。30代を迎える都心のサラリーマンだ。毎日同じようなルーチンで過ごし、朝の電車の混雑やオフィスの無機質な空間に身を委ねている。そんな毎日の中で、最近ふと耳にした「彼女の声」が心の中に響いていた。


その声は、朝の通勤電車で流れてくるニュース番組の女性アナウンサーのものだった。明るく、弾むような声質で、朝の情報を届けている彼女の言葉が、不思議と私の心に活力を与えてくれるのだ。彼女が話すニュースの内容自体にはあまり興味がなかったが、彼女の声は心を和ませ、毎日の通勤を少しだけ特別なものにしてくれた。


ある日、いつものように彼女の声を耳にした際、ふと「彼女に会いたい」と強く思った。ひょんなことから彼女が働くテレビ局の近くを通る用事があり、勇気を出して訪れてみた。局舎の外に立ちはだかるガラスの壁の向こうでは、にぎやかなスタッフたちが忙しそうに動き回っていた。


入口でスタッフに声をかける勇気が出なかったが、そんな私を見かねたのか、ふと思いついた。彼女の出演が終わった後、ロビーで少し待ってみよう。あの声を生で聞いてみたい、そして直接感謝の言葉を伝えたい。そう思った私は、案内板を目にして、自分がどこにいるかを確かめた。


待つこと20分、テレビの中でいつも見ていた彼女が、スタジオから出てくるのが見えた。彼女は華やかで、テレビで見る以上に輝いていた。周りにいるスタッフやカメラが気にならないのか、彼女は自然体で多くの人と挨拶を交わしていた。


私は一歩足を踏み出した。その瞬間、彼女の目が私に止まった。彼女が私と目を合わせた瞬間、心臓が高鳴る。緊張していた私だが、目が合ったことで少し落ち着いた。彼女は私に向かって笑顔を向け、「こんにちは」と声をかけた。単純な一言だが、その声が私の心に染み込むように響いた。


私は思わず、自分の思っていたことを口にした。「毎朝、あなたの声に励まされています。元気がもらえるんです。」その言葉は正直に出た。彼女は驚いた様子で、自分の仕事が誰かに影響を与えていることに微笑みながら応じてくれた。「そう言ってもらえると、私も頑張れます。ありがとうございます。」その言葉と笑顔が、私の心をさらに温かく包み込む。


その後、彼女は近くのカフェにも寄ると言って、私を誘ってくれた。私たちはカフェに入り、何気ない会話を交わした。彼女の仕事の裏側や挑戦、日常の出来事。そんな話の中で、テレビの中の彼女と現実の彼女が少しずつ重なっていった。


そして気づけば、私たちは一時間も話していた。彼女は実は音楽が好きで、休日には歌を楽しんでいることが判明した。夢は、いつか自分の声で音楽を届けることだと言った。その言葉を聞いて、私も胸が高鳴った。彼女の持つ情熱や誠実さが、その声の背景にあったのかもしれない。


別れ際、彼女が「また会いましょう」と言ってくれた。その言葉が頭の中で反響し、私は驚きとともに幸せを感じた。彼女の声が私に与えた影響は、あの日の一瞬だけではなかった。あの日から、彼女の声は私の心の支えとなり、日常の一部となったのだ。


だが、月日が経つにつれて、彼女の声は次第にラジオやテレビの中だけで聞くものになってしまった。忙しさを理由に、彼女との再会は果たせずに日々が流れていった。それでも、今日も通勤電車の中で彼女の声を思い出し、心が温かくなる瞬間を迎える。


彼女の声は、私に「生きる力」を与えてくれた。毎日の忙しさに埋もれて、感謝の気持ちを薄れさせてはいけない。彼女との出会いがもたらしてくれた温かさを忘れず、これからも全力で生きていきたいと思う。そんな気持ちを、彼女に伝えられる日が再び訪れることを、心のどこかで期待しながら。