鏡の中の未来

彼女が目を覚ましたとき、周囲はいつもと変わらない光景だった。しかし、心のどこかに奇妙な感覚が漂っている。部屋の隅に置かれた古びた鏡が、彼女の視線を引きつけた。朝の光がその表面にきらめき、何かが隠れているように思えた。


「今日は何か特別なことが起こるかもしれない…」


そう感じた彼女は、鏡の前に立ち、じっとその映り込みを見つめた。鏡の中には自分の姿が映っているが、何かが違った。彼女の背後にあるはずの壁が、鏡の中では緩やかに揺れているようだった。彼女は思わず後退り、そのまま横に移動して地面に落ちている雑誌を拾った。


その瞬間、鏡の中の映像が変わった。彼女の顔が映り込んでいたが、背後の壁が消え、明るい森の中にいる彼女が現れた。驚きと興奮が交錯する。肝心なことに、映像の中の彼女はほんの少し老けて見えた。シワが目立つ頬、髪に混じる白髪。考え込むうちに、その情景が彼女の目の前に広がるのを見た。


「これは…夢?」


彼女は思ったが、現実である可能性も否定できなかった。触れれば何かが感じられるかもしれない。彼女は鏡に手を伸ばした。冷たいガラスに指先が当たり、ほんのりと暖かくなった瞬間、彼女の体が引き寄せられるかのように、鏡の中へと吸い込まれていった。


目を開けたとき、周囲はさっきの部屋ではなかった。彼女は広大な森の中に立っていた。草が生い茂り、鳥のさえずりが心地よく響く。しかし、彼女は恐れよりも好奇心でいっぱいだった。この場所はどこ?そして、なぜここにいるのか?


「ココにいれば、未来が見える」


突然、声が背後から聞こえた。振り返ると、見たことのない白い服を着た女性が立っていた。彼女は特に美しいわけではなかったが、どこか神秘的な雰囲気を纏っていた。


「あなたも見たいのね?」


聞いた瞬間、彼女は自分の胸が高鳴るのを感じた。それが好奇心のせいか、恐れのせいかはわからなかったが、彼女は無意識に頷いていた。


女性は手を差し出し、彼女の手を優しく取った。すると、周囲の景色が急速に変化し始め、鮮やかな光が彼女の目を眩ませた。再び目を開けると、彼女の目の前には未来の世界が広がっていた。高層ビルが立ち並び、人々が忙しそうに行き交っている。彼女もその一人として、何かに追われるように走っているように感じた。


「この世界が、あなたの待っている未来よ」


女性の声が耳に響く。彼女は不安の中で、未来の自分の姿を見つけようとしたが、どの瞬間が自分のものなのかわからなかった。目の前を通り過ぎる人々の表情は、どれも冷たく、彼女には無関心に思えた。彼女はその中で一人、孤独を感じていた。懐かしい温かみのある場所は遠い昔の記憶でも、目の前の現実には温もりがない。


「どうして、みんなこんな…」


彼女が言葉を発しようとした瞬間、未来の景色が再び変わり、彼女は再び森の中に戻されていた。


「なぜ、いまの世界を見せたの…?」


彼女は問いかけた。女性は静かに微笑んで、こう答えた。


「この森は、選択の場所。あなたが選ぶことで、未来は変わることができる。」


それを聞いた彼女は、思わず立ち尽くした。未来は常に選択によって変えられるものだと知っていたが、彼女はその手応えを感じたことがなかった。恐れが支配する人生の中で、彼女は何を選ぶことができるのか。


「あなたが望む未来を思い描いて。」


女性が優しく促すと、彼女は再び鏡の中の未来を思い浮かべた。暖かい家庭、笑顔の友人、心が通じ合う人々。だんだんとそのイメージが鮮明になり、心の奥底に希望の火が灯るのを感じた。


「私は、変わりたい!」


その瞬間、空は晴れ渡り、太陽が照りつけるように明るくなった。女性は静かに微笑み、彼女の手を優しく握り返した。


「そう、それが新しい一歩。さあ、行こう。」


彼女はしっかりと前を向き、変わるという決意を胸に森を後にした。未来は、彼女自身が描くものであることを深く理解したからだ。暗い森の中で出会った女性は、ただの導き手ではなく、彼女の心の奥に潜む真の自分を教えてくれたのだ。


目を覚ますと、彼女は自分の部屋に戻っていた。いつも通りの光景。しかし、彼女はもう以前の自分ではなかった。鏡を見つめ、微笑む自分に気付いた。未来は彼女の手の中にある。


新しい一歩が、彼女の心に芽生えた。