異館の呪い

深夜の街は静寂に包まれ、街灯の明かりが闇をわずかに切り裂いていた。古びた洋館はその朽ちた外壁の内側に不気味な秘密を隠しているという。広場の端で立ち止まり、私は鳥肌の立つ腕を抱きしめた。この町に伝わる伝説を確かめにきたのだ。かつてこの洋館である事件が起きたという。しかし、地元の誰もその詳細を語りたがらなかった。


背筋を伸ばし、私は重厚な扉に一歩ずつ近づいた。金属製のノブを握り、勇気を振り絞って扉を開けた。内部は埃っぽく、まるで時が止まったかのようだった。足を踏み入れてからは、後ろを振り返ることなく奥へと進んだ。心臓の音が耳に響く中、廊下を通り抜け、階段を上った。


目の前には一つの部屋の扉があった。まるで私を招き入れるかのように僅かに開いている。その奥には暗闇が広がっていたが、なぜかそこに引き寄せられる感覚があった。意を決してその中に足を踏み入れた瞬間、重く響く音と共に扉が背後で閉ざされた。


「誰かいるのか?」淡い希望を込めて声を上げたが、返答はなかった。部屋の隅にある古びたランプを手に取り、点灯させると、その微かな光が薄暗い部屋をじんわりと照らし出した。壁には奇妙な絵が描かれていた。必死に細部を確認しようと近づくと、それは子供の落書きのようでありながら、どこか不気味な印象を与えるものだった。


絵の中心には一人の少女が描かれていた。その眼差しは直視する者の心を覗くかのように感じられた。直感がこの絵には何か意味があると告げていた。私はその絵に手を伸ばし、触れてみた。予想外に、その絵の裏から風が吹き出てきた。そして不意に気を失った。


次に意識を取り戻したとき、私は別の場所にいた。そこは見覚えのない大広間であり、少女の絵はそこにはなかった。代わりに壁に掛かっているのは古びた鏡だった。鏡には何が映っているのか、私は恐る恐るそれを覗き込んだ。


驚愕した。鏡に映っていたのは、自分ではなく例の少女だった。目を見張ると、その少女の瞳が動き出し、私を見据えた。「助けて」とその唇が動いた。その瞬間、全身が凍りついたような恐怖が私を包み込んだ。少女の言葉を聞いてしまったためか、鏡の中から奇妙な力に引き寄せられるように感じた。


「いやだ!」叫びながら後退しようとしたが、何故か体は動かなかった。足元には今まで感じたことのない重力がかかり、その場から逃げ出すことができなかった。鏡の中の少女はますます私に近づいてきた。そして、その瞳が涙を流し、再び口を開いた。


「あなたは私を見つけた。私を救って。」


その声は耳元でささやかれるかのように鮮明であった。私は全身の力を振り絞って後ろを振り返り、部屋の出口を探した。しかし、広間の壁は一変し、どこにも扉や窓が見当たらなかった。まるでここが逃げ場のない牢獄であるかのようだった。


絶望感が私を包む中、突然部屋全体が揺れ始めた。揺れと共に床が崩れ落ち、私の足元に大きな穴が開いた。一気に引き込まれるような感覚に襲われながら、私は暗い深淵に沈んでいった。その暗闇は無限に続くように感じられ、何も見えない、何も聞こえない世界が広がっていた。


次に目を覚ましたとき、私は再びあの洋館の入り口に立っていた。まるで何事もなかったかのように、全てが元に戻っていた。だが、私は確かに何かが起こったことを覚えていた。全身を震わせながらその場を離れ、家へと急いで戻った。


数日後、新聞には一つの小さな記事が掲載されていた。「古い洋館で子犬の遺骸が発見される」とだけ書かれていた。しかし、私は知っていた。あの夜に私が体験した恐怖が単なる幻覚ではなかったことを。洋館に隠された真実、その背後には未だ解き明かされていない謎が眠っているに違いない。


私の中で芽生えた恐怖と謎の渦は消えることなく、あの洋館への再挑戦を示唆していた。次こそは、少女の名も含め、すべての謎を解き明かさなければならないと心に誓った。恐怖は私の背中を押し、再びあの朽ちた扉の前に立つ日が訪れることを予感させた。