親子の道しるべ
駅前の小さな居酒屋で、二人の男が向かい合って座っていた。年齢は四十代半ばと思われる黒髪の男、秀樹は、仕事に疲れた顔をしていた。彼の前に置かれた焼き鳥の皿からは、少し煙とともに香ばしい香りが漂う。もう一人、三十代の後半、明るい茶色の髪をした男、雅人は、笑顔を絶やさず、酒を楽しんでいた。しかし、秀樹の表情は硬い。どこか苦しげな影が宿っている。
「どうした、秀樹?久しぶりに会ったのに、元気がないじゃないか。」
雅人は焼酎の入ったグラスを持ち上げ、秀樹に向けて自らの一口目を勢いよく飲み干した。秀樹は漠然とした視線を送り、ついに口を開く。
「実は…娘のことなんだ。中学生になったばかりなんだけど、最近、学校のことで悩んでるみたいで。」
雅人はその言葉に興味を持った。「何があったんだ?」
「他の子たちと比べて、勉強もスポーツもできないってさ。いつも家に帰っても元気がないし、部屋にこもりっきりで…話をするのも難しい。」
秀樹は深い息をつきながら続ける。「俺自身、子どもの頃は勉強が得意だったわけじゃない。両親にはそれなりに期待されて、いい学校に入って、いい仕事に就くように育てられた。でも、そのプレッシャーが、今の娘には重くのしかかっている気がする。」
雅人はゆっくりと考え込み、言葉を選ぶ。「親が期待することも大事だけど、それ以上に子どもが自分らしくあることが大切だと思うんだ。何か手助けできない?
「何をしてやればいいのか、全然思いつかない。ただただ、彼女を見守ることしかできなくて…。」
その日、秀樹は帰宅すると、娘のあかりがいつものように自分の部屋に入っていく姿を見た。ドアが閉まる音が、家の中に重い響きを残した。彼自身も、部屋に向かおうとしたが、なぜか足が動かなかった。マイナスの感情が彼を押し込める。向こうの部屋で独りぼっちの娘を思うと、その胸に重苦しい痛みが広がった。
数日後、秀樹はあかりの友人に声をかけ、彼女の様子を探ることにした。その結果、友人たちはあかりを支えているが、一方で彼女が孤独を感じていることも知った。どうやら、あかりは勉強ができないことへのコンプレックスから陥る思考に苦しんでいた。
「お父さん、私は勉強ができなくてもダメな子なんだ。」ある日の夜、あかりは泣きながら秀樹に訴えた。
秀樹は思わず彼女を引き寄せて抱きしめた。「そんなことないよ、お前はお父さんにとって一番大切な存在なんだから。成績が全てじゃない、やりたいことを見つける方が大事なんだ。」
その後、秀樹はあかりと過ごす時間を増やすことに決めた。週末には彼女の趣味である絵を一緒に描いたり、近くの公園で遊んだりと、ただ一緒にいる時間の中で少しずつ心を開いていった。あかりの笑顔が、秀樹の心の支えになった。
ある晩、あかりは勇気を出して秀樹に話しかけた。「お父さん、私、絵が好きだって思う。もっと描きたい。」
秀樹はその言葉を心から嬉しく思った。「それなら、お前がやりたいことを存分にやろう!お父さんも全力で応援するよ。」
数ヶ月後、あかりは学校の美術展に出品することを決めた。入賞こそしたものの、その過程は彼女にとって大きな意味を持った。自分がやりたいことを堂々と表現することができたのだ。
その美術展の日、秀樹はあかりの作品の前に立ち、彼女の成長を誇らしく感じていた。彼女の放つ色合いや形式に溢れた独創性は、かつての悩みや苦しみを超え、新たな自己を表現していた。
帰り道、あかりは「お父さん、私はこれからもっと絵を描くよ」と笑顔で言った。その言葉に秀樹は心が温かくなり、自分が迷っていた道を共に歩む決意を固めた。
彼は心の奥底から感じる幸福に包まれながら、これからもあかりと共に彼女の道を支えていくことを誓った。家族という単位が、互いの支え合いの中でより強くなることを、彼は確信していた。