狂気の夜道

夜の街は静まり返り、ほの暗い路地裏には冷たい風が吹き抜けていた。月の光が乏しく、薄暗い中を一人の女性が歩いていた。名は佐藤美咲。彼女は一見普通のOLだが、心の奥深くに狂気を秘めていた。


美咲は最近、職場でのストレスから解放される方法を模索していた。同僚との人間関係や仕事のプレッシャーが彼女の心を蝕んでいた。常に他人の目を気にし、自分を取り繕う日々が続く。そんなある晩、彼女は雑誌の記事でサイコパスについての特集を見つける。サイコパスは、感情を持たないが故にストレスや苦痛から解放されることができる存在。その特集に引き込まれ、美咲の中に何かが芽生え始める。


彼女は「こうなりたい」と願うようになった。感情を捨て、自分を解放することができれば、自由になれるのではないか。そんな思考が頭の中で渦巻く。次第に彼女の心は闇に覆われ、周りの人々が気に入らなくなっていく。


ある日、美咲は職場の同僚である田中に目をつけた。田中は仕事ができる上司に気に入られ、いつも自分のバスを越えてくる。あの男がいなければ、少しは楽になれるかもしれない。そんな恐ろしい考えを抱きながら、彼女は田中の行動を観察し始めた。


美咲は田中の通勤経路を完璧に把握し、彼がいつどこで何をするのか、隙間なく記録した。その過程で、彼女の中にある狂気がさらに膨れ上がる。だが、彼女はただの感情を抱くサイコパスではなかった。彼女は完璧な計画を練る能力を持っていた。彼女の心の中では、「田中を始末する」ことがすでに決定事項となっていた。


一週間後、金曜日の夜、美咲は計画を実行に移す日を迎えた。田中の好きな居酒屋での飲み会が設定されている。そして、その飲み会の後に彼が一人で帰宅することを予想していた。美咲はきっと彼の背後に忍び寄り、気づかれないうちに仕留めることができると確信していた。


飲み会の後、田中が友人たちと別れ道を歩く姿を確認すると、美咲は後を追った。心臓が高鳴り、手のひらには冷や汗が伝う。しかし、彼女には決意があった。彼女は田中が自宅の近くに差し掛かる頃、彼の後ろにスッと近づいた。襲いかかる。


「田中さん、少しお話しませんか?」美咲は声をかけた。その声は震えながらも、彼女の胸の内の狂気が明るみに出るには十分だった。田中は驚いて振り返り、目を丸くする。


「何だ、お前。」彼は警戒した目で彼女を見つめた。


「ちょっと、これからが楽しいと思うよ。」美咲の瞳は光を失い、彼女自身がどれほどの恐怖を抱いているのかを感じさせぬよう、冷たい微笑を浮かべた。


その夜、月は空高く輝いていた。美咲は田中の静かな囁きに耳を傾け、彼が恐れをなす様を楽しんだ。相手の恐怖を感じることで、彼女自身が優位に立ったような気がした。そして、美咲は田中の存在を完全に消す計画を遂行する為に、次の手を打つ準備を始めた。


だが、決定的な瞬間、田中が彼女の思惑に気づく。「お前、何を企んでいるんだ?」彼は逆に美咲を押し返した。その瞬間、彼女の心の中に混乱が広がり始め、何かが破れた音がした。彼女は慌てて逃げ出すようにその場から離れた。自らの暴力性がもたらす結果を、尚も受け入れられずに彼女は逃げた。


それ以来、美咲は人々との距離を置くようになり、過去の行いがいかに虚しいものであったかを痛感した。彼女は完全に一人になり、暗い思考へと沈んでいった。彼女の心には、もはや狂気に満ちた快楽も、他者を苛む充足感も存在しなかった。


彼女はただのOLとして日々を繰り返す。ただそれだけが、彼女の人生の残された唯一の道だった。美咲は振り返ることなく、再び夜の街を一人歩き続ける。消えた狂気が蘇ることを恐れながら。