怨念の家
古びた村の外れに、誰も寄り付かない小さな家があった。その家の名は「忘却の家」と呼ばれ、村人たちの間では忌避されていた。村の伝説によれば、その家には過去の住人たちの怨念が宿っており、一度入り込んだ者は二度と戻れないというのだ。
ある日、若い女性、美咲はこの村に引っ越してきた。彼女は都市生活の喧騒を離れ、静かな田舎で心を癒したいと考えていた。しかし、村人たちが話す「忘却の家」の話に興味を持った美咲は、好奇心からその家を訪れることにした。
当日は薄曇りで、どこか不気味な雰囲気が漂っていた。美咲は、家の前に立つと、かすかな風が彼女の髪を揺らした。ドアは開いていたが、恐怖にかられつつも、彼女は意を決して中に踏み込んだ。家の中は奇妙な静寂に包まれ、ほこりが積もった家具や、破れかけたカーテンが、過去の栄華を物語るかのようであった。
美咲が廊下を進んでいくと、突然彼女の耳に叫び声が響いた。驚いて振り向くと、そこには誰もいない。心臓が高鳴り、恐怖に震えた美咲は、思わず一歩後ずさった。だが、彼女はその場を離れることができず、さらに奥へと進むと、古い鏡のある部屋に辿り着いた。
鏡の中には、彼女自身の姿と共に、ぼんやりとした別の影が映っていた。その影は明らかに異なる存在で、美咲をじっと見つめている。彼女はその冷たい視線に引き込まれ、何かが彼女の中で壊れていく感覚を覚えた。意識がぼやけ、彼女の心は過去の記憶に侵食されていく。
数時間後、彼女は目を覚ましたが、周囲の状況は全く変わっていた。もはや周辺には人影もなく、家具は崩れかけ、壁はひび割れた状態であった。美咲は恐怖を感じ、急いで家を出ようとしたが、玄関のドアは開かない。どうしても脱出できないという絶望が襲ってきた。
美咲は家の中を必死に探しまわったが、どこに行っても出口は見当たらなかった。その時、再び声が聞こえた。無数の声が彼女の名前を呼び、同時に苦しみの声が響き渡る。目の前にぼやけた幻影が現れると、それはまるで過去の住人たちだった。
その声たちは、美咲に助けを求めていた。その家の悲劇を知って欲しいと願っていた。美咲は彼らの物語を耳にした。彼らはこの家で秘密裏に生活していたが、ある日、何かを知ってしまったために命を奪われ、今もこの家に囚われているというのだ。
その瞬間、美咲は自分の中に何かが融合していく感覚を覚えた。彼女はこの家の一部になってしまった。恐怖に駆られ、彼女は叫び声を上げたが、その声は家の中に吸い込まれていった。逃げられないという絶望と恐怖は彼女の中に根付いていく。朦朧とした意識の中で、美咲は鏡の中の自分を見つめ続けた。
次第に彼女の意識が薄れ、彼女の記憶はこの家と共鳴していく。次第に過去の住人たちの記憶が彼女の中に流れ込み、彼女自身もその一員であることを理解する。彼女はもはや美咲ではなく、数世代にわたる怨念の一部となった。
そして、ある晩、村はまたしても新たな噂に包まれる。「忘却の家」に訪れた者が二度と戻ってこなかったという怪談が。新たな住人、美咲の名を知らぬ者たちが再びその家を忌避するようになっていた。
美咲は、今やその家の守り手という存在に変わり、来る者に恐怖と孤独を与え続ける。彼女は過去の住人たちを繋げ、一つの存在として、永遠にこの家を見守りながら、次の犠牲者を待ち続けるのであった。