禁断の地下室
夜風が静かに吹き込んでくる窓の外。月明かりが薄暗い森を照らし、不気味な影を落としていた。アンナはその窓辺に立って、何度もため息をついた。彼女は都会の喧騒から逃れ、この静かな田舎の家に移り住んで二週間が経とうとしていた。しかし、彼女は息をするのさえ困難に感じるほどの不安感と恐怖に包まれていた。
アンナの新しい家は古びた大きな屋敷だった。長い廊下、数えきれないほどの部屋、そして曲がりくねった階段。特に気になるのは地下室だった。そこには重い鉄の扉があり、どうしても気になって仕方なかった。だが、まだ一度もその扉を開ける勇気はなかった。
町の人々が地下室について話すのを聞いたことがあった。それは遠い昔、この屋敷が建てられた当時のことらしい。地下室には恐ろしい秘密が隠されていると噂されていた。だが、その詳細については誰も語りたがらなかった。
夜が深まるにつれて、屋敷の中はますます静かになり、その静寂はアンナにとって耐え難いものだった。窓を閉め、カーテンを引くと、彼女はベッドに横たわった。しかし、眠りにつくことはできなかった。彼女の頭の中には地下室の鉄の扉がありありと浮かんでいたのだ。
どれほど時間が経ったのか分からない。アンナは突然、遠くから微かな音を聞いた。まるで何かが地下室で動いているかのような音だった。心臓が早鐘のように打ち始め、彼女は声も出せずにいた。
「ただの音よ、風の音に違いないわ」アンナは自分にそう言い聞かせた。しかし、次の瞬間、階下から鋭い金属音が響いた。まるで何かが鉄の扉にぶつかったかのようだった。
アンナは忍び足で部屋を出て、廊下を進んだ。階段を降りると、その音が確かに地下室から聞こえてくるのを感じた。震える手で懐中電灯を握りしめ、鉄の扉の前に立つ。彼女は勇気を振り絞り、その扉をそっと押した。
扉は思ったよりも簡単に開いた。薄暗い地下室にはひんやりとした空気が漂い、彼女の背筋を凍らせた。懐中電灯の光が地下室を照らし、奥に何かが動いているのを見つけた。目を凝らすと、それは小さな人影だった。少女のようだったが、その姿勢は不自然で、顔は見えなかった。
「あなた、誰?」アンナの声は震えていた。その瞬間、その影がこちらに振り向いた。少女の顔は恐怖に引きつった表情で、目は真っ黒な無数の穴のようだった。
アンナは後ずさりし、懐中電灯を落としそうになった。少女は何かを言ったが、その声はまるで遠くからささやかれるような、よく聞き取れないものだった。ただ一つ聞き取れた言葉は、「助けて」というものであった。
「何があったの?」アンナは咄嗟に尋ねたが、逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
少女はただ指を差すだけで、その指の先をアンナは恐る恐る振り返った。そこには古びた木製の箱があった。何かがその中に入っているのだろうか。アンナは近づき、箱の蓋をゆっくりと開けた。
箱の中には古びた日記が入っていた。彼女はそれを手に取り、一ページ一ページをめくっていった。日記には、かつてこの屋敷に住んでいた少女の記録が綴られていた。彼女は家族により地下室に閉じ込められ、やがてそこで亡くなったのだった。
その理由は恐怖そのものだった。「私の家族は魔に取り憑かれ、私はその犠牲者となった。助けて、誰か助けて……」そんな言葉で日記は終わっていた。
アンナは震えながら日記を戻し、背後に感じた視線に再び顔を向けた。しかし、少女の影はもうそこにはなかった。彼女は急いで地下室を飛び出し、鉄の扉を閉め、鍵をかけた。
その夜、アンナはほとんど眠ることができなかった。しかし、翌朝、町の人々にそのことを話すことを決意した。彼らは信じてくれないかもしれないが、少なくとも誰かに聞いてもらいたかった。
アンナの話を聞いた地元の古老は一言、「呪われた家だから、その呪いから逃れる方法を見つけるしかない」と言った。それが何を意味するのか、彼女にはまだ分からなかったが、一つだけ確信していた。この家に住み続ける限り、恐怖から解放されることはないだろう。
アンナは荷造りを始め、できるだけ早くこの屋敷を去ると決めた。しかし、荷物をまとめる合間にも、彼女の心の中にはあの地下室の少女の顔が焼きついて離れなかった。どこへ行こうとも、この恐怖は彼女を追い続けるのかもしれないと感じながら。