アナベルの呪い

カレンデュラ町の外れにある屋敷は、数十年間住む者がいなかった。屋敷の門を通り抜けると、雑草に埋もれた石畳が見え、ぼろぼろの階段を登ると朽ち果てた玄関扉がある。かつての優雅な装飾は見当たらず、屋根の端は崩れていたが、人々は決して近づかなかった。なぜなら、その屋敷には「アナベルの幽霊」が住んでいるという噂が広まっていたからだ。


寒い冬の夜、屋敷の灯りが突然点いた。静まり返った町に、不意に異様な恐怖が走った。住民たちはカーテンの隙間から遠くの屋敷を見つめ、心を落ち着けることができなかった。


その晩、町の外れに住む若い女性キャサリンは、何かに引き寄せられるように、屋敷へと続く道を歩み始めた。キャサリンには、どうしても確かめなければならないことがあったのだ。その理由は、彼女の親友であるリズが数か月前にこの屋敷で失踪したことに起因していた。リズの行方は誰にも分からなかったが、キャサリンには不審な感覚が拭えなかった。


キャサリンは、震える手で屋敷の門を押し開け、奥へと進んだ。風に煽られてかすかに軋む音が耳に届く。玄関扉の前に立ち、意を決してノブを回すと、戸は静かに開いた。彼女はおもむろに一歩踏み出した。


薄暗い廊下を進むと、屋敷内の異様な匂いが鼻をついた。それは、古い木材や腐敗したものの臭いが混じり合ったものだった。進むにつれて、彼女はかすかにリズの声が聞こえる気がした。「キャサリン…助けて…」その声に導かれるように、彼女は足早に奥へと進んだ。


やがて大広間に至ると、かすかな光が差し込んでいた。光源は古いシャンデリアだが、どうして電気が通っているのかは全く見当がつかない。その中央には、大きな鏡が立て掛けられていた。キャサリンは、その鏡に何か異常なものを感じ取った。


鏡に近づくにつれ、その表面が波立つように変化し、次第にリズの姿が現れた。「キャサリン…助けて…」と再び声が響く。しかし、それはただの反射ではなかった。リズの姿は鏡の中で必死にこちらへと手を伸ばしているのだ。


「リズ?」キャサリンは思わず鏡に触れようとした。その瞬間、冷たい感触と共に手が鏡の中に沈むような感覚が走り、彼女は恐怖の叫びを上げた。しかし、彼女の手は離れなかった。引き寄せる力がますます強くなり、キャサリンは鏡の中に引きずり込まれていった。


周囲が闇に包まれたかと思うと、気づけばキャサリンは異世界のような場所に立っていた。そこは完全な闇というわけではなく、青白い光がぼんやりと広がっていた。キャサリンの目の前にはリズが立っていたが、その顔は憔悴しきっていた。


「キャサリン、ここから出るには時間がないの。私たちはこの鏡の中に囚われている。アナベルが憎しみと未練を抱いて、私たちをここに閉じ込めたんだ」とリズが説明する。


その時、後ろから冷たい風が吹き、恐ろしいほどの圧力が彼女たちを襲った。振り返ると、霧状に覆われたアナベルの姿が浮かび上がった。彼女の目は憤怒と悲しみに満ちており、その憎悪は一目瞭然だった。


「ここから出る方法はない」とアナベルの声が冷酷に響いた。「私と同じ苦しみを味わうがいい。」


キャサリンの頭の中に不意に一つの考えが浮かんだ。彼女は、自分たちが唯一助かる方法は、アナベルの未練を解放することだと直感的に理解した。「アナベル、一度だけ話を聞いてくれない?私たちはここに来ようとしたんじゃない。ただ真実を知りたかっただけなんだ」と彼女は説得を試みた。


アナベルの姿が一瞬止まり、強張った表情の中にわずかな迷いが見えた。


キャサリンはさらに続けた。「何があったか教えてほしい。そうすれば、あなたの魂も安らかに眠れるはずよ。」


アナベルの影が揺れ、中から悲しみに満ちた声が響いた。「かつて私は、この町の誇りだった。しかし、裏切り者に裏切られ、無念のまま命を絶たれた。何もかもが憎かった。」


「今もその憎しみがあなたを縛りつけているのね。でも、それで本当に解放されることはないわ。私たちはその無念をただ理解して、あなたの苦しみを終わらせたいだけなの」とキャサリンが諭した。


その時、アナベルの表情がほぐれ、霧が薄れていった。「もしかすると、あなたは正しいかもしれない。」そして、彼女の姿は次第に透明になり、完全に消え去った。


瞬間、キャサリンとリズは屋敷の大広間に戻ってきた。鏡は普通の鏡に戻り、シャンデリアの灯りも消えていた。安堵の息を吐くと、二人は急いで屋敷を後にし、町へと帰った。


カレンデュラ町の住民たちは、屋敷の灯りが再び消えたことに気付き、静かな日常を取り戻した。しかし、キャサリンとリズにとって、その出来事は永遠に忘れることのない恐怖の経験となった。そして、彼女たちは今後二度と、あの屋敷へ足を踏み入れることはなかった。