消えた友の影
深夜零時、東京郊外の小さな町のはずれにある古びた洋館。何年も放置されていたその場所には、地元の人間たちが語る数々の恐ろしい噂があった。曰く、そこにはかつて一家全員が謎の死を遂げたという。その噂を聞いた大学生の涼介は、友人の健二、由里と共に肝試しをすることを決意した。
三人は洋館に近づくと、異様な静けさと冷たい風が彼らを迎えた。扉は腐りかけ、簡単に開いた。薄暗い室内には、埃の積もった家具とクモの巣が張り巡らされていた。由里が懐中電灯をかざすと、壁に掛かった古い写真が浮かび上がった。それはかつてこの家に住んでいた家族の笑顔を映し出していたが、目だけは不気味に光を反射していた。
「何か嫌な感じがする」と健二が言うと、涼介は肩をすくめて笑った。「大丈夫、ただの噂だって。何も起こらないよ。」
彼らは階段を上り、二階の廊下を進んだ。その時、由里の懐中電灯が明るさを失い、辺りは真っ暗になる。驚いた三人が慌ててライトを点け直すと、そこにはどこからともなく現れた白い影が立っていた。影は振り返ると、瞬時に消え去った。
「今の見た?」由里は震えた声で言った。「何かいる…!」
涼介は半信半疑のまま、さらに探索を続けた。廊下の突き当たりにある部屋のドアを開けてみると、そこには奇妙なシンボルが描かれた壁が現れた。彼はそのシンボルをじっと見つめていると、健二が背中を叩いた。「おい、これ行こうよ。」
部屋を出ると、またしても冷たい風が吹き抜け、窓がカタカタと音を立てた。涼介は何かに引き寄せられるように、家の奥へと進んでいった。しかし、彼が進むにつれて、健二と由里の姿が次第に遠くなり、いつの間にか彼らの声も聞こえなくなっていた。
孤独感が襲う中で、涼介は気づくと巨大な鏡の前に立っていた。鏡の中の自分は、じっとこちらを見返していたが、その表情は何とも言えない不気味さを湛えていた。彼の後ろから小さな声が聞こえた。「逃げて…」
驚いて振り向くと、そこには小さな女の子が立っていた。彼女は白いドレスを着ており、顔色は青白く、夢遊病のようにぼんやりとこちらを見つめていた。
「君、ここに住んでるの?」涼介は恐る恐る尋ねた。
「出られない…出られない…」少女は繰り返した。
涼介は心臓が高鳴り、背後から「何してるの?」と健二の声が聞こえた。振り向くと、健二と由里はそこにいた。しかし、彼らは涼介を見ていなかった。代わりに、白い影を追うように足を進めていた。
「待って!みんな、何かおかしい!」涼介が叫んだが、声は彼らに届かなかった。彼は少女の手を握った。「一緒に出よう!」
しかし彼女は拒んだ。「行っちゃだめ…ずっとここにいなきゃ…」
絶望感が心を締め付ける。涼介は涙が流れるのを感じた。その瞬間、部屋が揺れ始め、壁が崩れ落ち、彼は再び鏡に映った自分を見た。そこには、彼の姿だけではなく、次第に薄れていく健二と由里の姿も現れていた。そして、彼らの顔には恐怖が浮かび、次第に消えていく。
彼は必死に叫んだ。「助けて!出してくれ!」
すると、少女は森の奥へ続く道を指さした。「そこから出て行ける…けれど、誰かを残してはいけない。さあ早く!」
涼介は少女の手を強く握り、道へと走り出した。背後からは悲鳴が響き渡り、振り向くと、両親の顔を持つ幽霊たちが彼をただ見つめていた。その目は、何かを訴えかけているように見えた。
道を突き進むと、洋館の外に出た。しかし、振り向く度に、彼の周りには姿を消した健二と由里の面影がちらついていた。屋敷から逃げ出すと、地元の住人の一人が立っていて、涼介を見つめていた。
「なぜ戻ってきた?」彼は呟いた。「あの家には、もう出られない者がいるんだ。」
涼介は胃がひっくり返るような恐怖を感じ、一瞬にしてその意味を悟った。彼の内なる恐怖が現実となり、失われた友人の声が頭の中で鳴り響いた。
そして彼は一人で、静かに歩き去るすべを見つめるしかなかった。その夜、彼は夢の中で何度も友人たちの姿を見たが、どれも彼を迷わせる不気味な笑顔だった。彼の心には、いまだ解けない伏線が残ったままだった。