禁じられた書
静かな村に、古びた図書館があった。そこには、誰も触れない本が一冊あった。表紙が擦り切れ、タイトルはかすれて見えない。その本を見つけたのは、村に引っ越してきたばかりの青年、健二だった。彼は本好きで、特にホラー小説を好んでいた。だからこそ、その異様な雰囲気を感じた時、彼は好奇心を抑えきれなかった。
村民はその本に触れることを禁じていた。それは古い伝承と結びついており、開いた者には不幸が訪れると言われていた。だが健二は、それが本当であるとは信じられず、特に根拠もなく恐怖を感じる村民に対し、少しだけ軽蔑の念を抱いていた。
彼は図書館の奥の薄暗い一角に腰を下ろし、本を取り出し、ページをめくり始めた。内容は不気味な物語で、ある村で起こった怪奇現象が描かれていた。その村も、健二のいる村と似たような背景を持っていた。物語の主人公は、村人から忌み嫌われ、孤独に生きる青年だった。
読み進めるにつれ、健二は胸の奥で不安が芽生えるのを感じた。偶然にも、彼の周囲の出来事が物語の中のそれと重なっていくのだった。彼が本を読み進めるほどに、村の内外で不気味な出来事が起こり始めた。風が異常な方向から吹き始めたり、村の犬たちが一斉に吠えたり、夜空に謎の光が現れたりと、村の雰囲気が徐々に狂気に包まれていった。
不安を感じた健二は、友人の真一に相談することにした。「この本、すごく不気味なんだ。まるで自分を見透かされてるみたいだ。実際に何かが起こるかも。」真一は笑って言った。「それはただの本さ。お前は考えすぎだよ。」
しかし、次の日、真一が行方不明になった。村民たちは怯え、彼を探すためにあらゆる場所を調査した。しかし、真一の姿はどこにも見当たらなかった。彼らは健二に、その本のことを訊ねてきた。「お前、あの本を読んだのか?」村人たちの視線が向けられた。健二は怯えながらも、事実を否定することはできなかった。
彼は再び図書館を訪れ、残りのページを読み進めた。物語は次第に、彼が知っている村の過去に迫っていく。主人公が大切にしていた友人が姿を消し、村人たちが疑心暗鬼に陥っていく様子が描かれていた。そして、彼らは「その本」に関わる恐ろしい罰を避けるため、裏切り合いを始めた。
物語のクライマックスで、主人公は「あの本」の呪いから逃れるために、村を離れようと決意する。しかし彼がそれを試みる度に、次々と村人たち壊滅的な運命を辿ることが明らかになる。健二は、物語の結末が彼自身に重なっていることに気づいた。
村の暗い過去が、実はその本を取り巻くものであることに気づいた健二は、恐怖に駆られながらも、図書館の本を持ち帰り、燃やすことを決意した。彼は、真一を取り戻すために、呪いを解かなければならないと強く思った。
その夜、彼は本を燃やす準備をし、火をつけた。炎の中で本が燃え尽きると、周囲の空気が急に静まり返り、異常な風が止んだ。だが、火が消える瞬間、何かが彼を引き裂くかのように、一瞬激しい恐怖が襲った。
何も起こらなかったかのように思えたその日から数日後、村に平穏が戻った。しかし、真一の姿は見つからないままだった。そして、村人たちは健二に向かってその目を向ける。彼に対する疑念と恐怖が混ざり合い、いつしか村に伝わる新たな噂が生まれた。
最後の夜、健二は一人、再び図書館に入り込もうとしていた。彼はあの本が、実は彼自身が創り出したものであることに気づいてしまったのだ。恐怖に満ちた過去と、燃える炎の中に68という残骸として、彼の運命は既に決まっていたのかもしれない。彼は村を去ることも、戻ることもできず、ただ本に囚われ続けるのだった。そして、次の村人が本を手に取る時、また新たな物語が始まることになる。