サイコパスの実験室

夜が更けると、冷たい霧が静寂な町を包んだ。一見平和そうなこの町には、誰もが知りながらも口に出せない秘密があった。町の中心に佇む旧校舎、その廃墟には一度ならず人が失踪したという暗い歴史が存在する。「旧校舎の悪霊」と呼ばれるその場所には、何が待っているのか誰も知らない。ただ一つ確かなのは、人が消えたという事実だけ。


エマ・リンはこの町の図書館司書だったが、謎めいた失踪事件に興味を持ち、旧校舎についての資料を集め始めていた。30代の美しい女性であり、その知識欲は強く、夜遅くまで資料を読み漁ることもしばしばだった。ある夜、エマは古い新聞記事を読むなかで、ある共通点に気づいた。失踪した人々はすべて特定の日、時間、そして場所で姿を消していた。


エマの興味は恐怖を越え、彼女を調査へと駆り立てた。ある夜、彼女は懐中電灯を携え、旧校舎へと足を踏み入れた。校舎内部は廃墟そのもので、埃まみれの机や朽ち果てた椅子が散らばっていた。それでもエマは気丈に調査を続け、資料で見つけた失踪者の共通点を確かめようとした。その際、不気味な音が背後から響いた。


「誰?」エマは心の底から恐怖を感じながらも、振り向いた。


背後には彼女と同じ年頃の男が立っていた。痩せた体に、鋭い眼光、そして微笑む口角。不自然なくらい美しい顔立ちのその男は、注意深くエマを見つめていた。


「君も、調査に興味があるのかい?」男は親しげに声をかけた。


エマは息を飲み、一旦距離を取ると、冷静を装って答えた。「ええ、そうです。あなたも?」


男は笑って答えた。「私もだよ。ここには何か特別なものが隠されている気がするんだ。」


名前を尋ねる前に、エマはその男に一種の既視感を覚えた。彼の笑顔には、何か恐ろしいものが潜んでいるように感じられたが、それでも彼女は調査を続けることにした。


二人は次々に部屋を巡りながら、失踪者達の物品を調べたり、古い日記を解読したりした。そしてある瞬間、エマは脊髄から冷たい汗が流れるのを感じた。彼女の手元にあった古い写真には、男の顔が鮮明に写っていたのだ。しかも、その写真は40年前のものだった。


「これは、あなた?」エマは震える声で尋ねた。


男は静かに笑い、頷いた。「そうだよ。私の過去の姿だ。」


エマの顔から血の気が引いた。「でも、そんなことは不可能…。」


「可能なんだよ、エマ。私はここに生かされているんだ。君もきっと理解するだろう。」


その言葉がエマの耳に入ると同時に、彼女は逃げ出そうと試みた。しかし男の手が冷たい鋼のように彼女の腕を掴み、逃げ場を失わせた。


「私の小さな研究、手伝ってくれないか?」男の目は狂気の色を帯びていた。


エマは強引に腕を引き剥がしながらも、男の顔に一瞬だけ目を見張った。その目には完全な無機質さがあり、魂のない冷たい空洞が感じられた。それはサイコパスそのものだった。


「さあ、行こうか。」男は冷たく言い放ち、エマを引きずるようにして地下室へと向かった。


地下室には、まるで実験室のような光景が広がっていた。壁には古い科学器具や薬品が無造作に置かれており、中央には鉄製の台が一台、獰猛に立ち塞がっていた。


「ここで何をするつもりなの?」エマは力なく問いかけた。


男は微笑んで答えた。「ここで次の研究を始めるんだよ。君はその被検体になるんだ。」


「被検体?」エマの声は震え、恐怖が全身に走った。


「そうだ、エマ。人間の魂を研究する者として、君には重要な役割があるんだ。」


エマは自分が逃げることができない状況に絶望し、男の意図を理解した。彼はただの狂人ではなかった。彼は冷静で計画的なサイコパスだったのだ。エマは最期の瞬間、男の顔に再び目を凝らし、彼がまさに「旧校舎の悪霊」と呼ばれる存在そのものだと悟った。


その夜、町の誰もが静かな眠りについたが、旧校舎の地下室で起こった恐怖は誰も知ることがなかった。エマの失踪は新たな謎として、町の暗い秘密にへばりついていた。そして、その秘密は今もなお、静かに息を潜めている。