影の窓の裏側

雨がしとしとと降り続ける薄暗い午後、私はバス停で待っていた。風に吹かれ、傘がいやに煩わしく感じる。時折、通り過ぎる車の音だけが耳に響く。待ち合わせの友人は遅れているようだ。そんな時、ふと目の前の雑居ビルの3階の窓に目が留まった。


その窓は開いていて、カーテンが微かに揺れている。数枚の薄いカーテンの隙間から、闇の中に佇む黒い影が見えた。何かしらの動きがある。気になって、そのビルをじっと見つめていると、影がふいに姿を現した。その瞬間、心臓が跳ねた。それは中年の男性だった。


彼は何かを手に持っていた。後ろを振り返りながら、何かを探しているようだ。彼の動きはどこか焦っている印象を与える。突然、彼は顔を窓から引っ込め、また振り返った。何かを恐れているような表情に見えた。その瞬間、私は何かが起きる予感に襲われた。


友人の到着を待ちながらも、いつの間にかその窓から目が離せなくなっていた。男性は再び顔を出し、まるで誰かを必死で探しているかのように見えた。心の中で警鐘が鳴る。周囲を見回すが、通行人はいない。誰も彼の様子を気にかけていないようだった。


その時、突然、彼は驚くような動作で後ろを振り返った。何かを見たのだろう。彼は急いで部屋の中に戻ったが、その後の動きは非常に緊迫感をもっていた。私は一瞬、自分もその場から動けなくなっていた。


やがて、友人がバスで到着し、私のもとへ向かってきた。だが、私は彼女に気づかず、ただビルの方を見つめ続けた。友人が声をかけると、ようやく我に返った。「ごめん、どうしたの?」


「いや、あのビルの3階の窓、ちょっと気になる人がいる。」


友人もその方向へ視線を向けたが、何も見えないようだった。「誰かがいる?でも、もう帰ったみたいよ。」


我慢できずに、「確かにいたんだ。ただの通行人じゃない、何かが起こってる気がする。」そう言って、目を離せなかった窓の方に再び視線を戻す。しかし、窓は静まり返り、ただカーテンがなびいているだけだった。


友人は不審そうな顔をした。「気にしすぎじゃない?」


私はその場を離れた方が良いと思っていたが、気持ちは引き込まれるように確かにそのビルへ向かっていた。友人が名残惜しそうに見送る中、私は雑居ビルの入り口へと向かう。


中に入ると、薄暗い廊下が広がり、何か不気味な空気が漂っていた。足音が反響し、周囲は静まり返っている。私は3階へと上がるため階段を昇った。心臓の音が耳に響く。何かに引き寄せられるような気持ちを抑えられなかった。


3階に辿り着き、廊下を進む。全ての部屋が閉ざされ、静寂が支配している。その中で、先ほどの男性の部屋の番号を見つけた。021号室。勝手に鍵を開けるわけにはいかないが、私はドアの前で立ち尽くしていた。何が起こっているのかを確かめたい一心だった。


思い切ってノックをする。すると、しばらくの静寂の後、ドアがわずかに開いた。中から先ほどの男性が顔を覗かせる。顔色は悪く、視線はどこか怯えている。一瞬、何かを言いかけたが、すぐに口を閉ざした。


「すみません、何かあったんですか?」私が尋ねると、彼はまるで逃げるように後ろへと下がった。「お願い、来ないでくれ…」彼の声には恐怖が滲んでいた。


ここで引き返すべきだと思いながらも、私はその場を離れられなかった。「助けが必要なら、何か言ってください。私はただ…」そう言いかけた瞬間、背後で物音がした。私は振り返り、何が起きているのかを確認しようとしたが、その瞬間、ドアがバタンと閉まった。


驚きと恐怖が入り混じり、私はその場に立ち尽くす。音は再び静まり、何事も起きていないようだった。しかし、何かが私にこの場から離れるのを許さなかった。私は迷うことなく、必死でドアを叩いた。「中に誰かいるの?」


しばらくしてから、静かな声が返ってきた。「お願い、帰ってくれ。ここは危ない。」その言葉に背中に寒気が走った。何が危ないのか、彼は何から逃げているのだろうか?答えを求めて、私は再びドアをノックした。


だが、返事はなく、ただ無言の沈黙が続いた。私の心の中に疑念が芽生え、何かを感じ取る。サスペンスの中で、もしかしたら私は知らず知らずのうちに危険な位置にいるのではないかと考え始めた。


思い切って、携帯電話を取り出して急いで止めている警察に連絡をした。慌てながらも、彼の言っているように危険を感じたことを伝える。しかし、待っている間も、彼の部屋からは何の音も聞こえなかった。私はその暗闇に一人で立たされ、恐怖が胸を圧迫していた。


約15分後、警察の車が到着する音が聞こえた。家の前に止まり、警察官が降りてきた。しかし、私がそのことに気を取られている間に、021号室のドアが再び開いた。先ほどの男性はもうそこにはいなかった。しかし、信じられないことに、ドアの前にあるフロアは濡れており、足跡が続いていた。


警察官は私に話しかけたが、その目が021号室へと向かう。私も一緒にその足跡をたどった。「待って、何が起こっているんですか?」と言った瞬間、彼が足音を立てて走り抜けた。


中から再び声が聞こえた。「お願い、誰か助けて!」その言葉に導かれ、私たちは急いで中へ入った。すると、部屋はすでに空っぽで、混乱の痕跡だけが残っていた。どこにも彼の姿は見当たらない。


その場で警察官と共に彼を待つが、彼がどこに行ったのか全く手がかりが得られなかった。しかし、私の胸の中には確かに彼を見つけられなかったという後悔が生じていた。彼が何を求めていたのか、誰から逃げていたのか、知ることができなかった。


部屋を出て行く際、再び窓の方に目をやると、まるで彼の影が私を見ているのを感じた。そして、その後ずっとその光景が脳裏に焼き付いたまま、私はどうしてもその後の結末を知りたい、彼を助けたいという気持ちを抱えながら、静かにその場を離れた。