チューリップの春

目の前に広がる風景は、この数年変わりはしなかった。毎朝、同じ時間に起き、同じ道を通って駅まで歩く。その道すがら、必ず目にするのが、近所の老舗の花屋だ。おばあさんが一人で切り盛りしているそこでは、季節の花々が並び、訪れる人々の心を和ませていた。今日は春先の温かさが色濃くなり、特に見事なチューリップが、風に揺れていた。


いつかこの花屋で花を買おうと思ったのは、1年前のことだった。その時、ふと手に取った色とりどりのチューリップが、心の中で何かを刺激したのだ。それ以来、私は毎朝この花屋の前を通るたび、花を買う决意を固め続けているが、なぜかその一歩を踏み出せずにいた。


今日は特に春の日差しが気持ちよく感じられ、思い切って店に入ることにした。店内に入ると、甘い香りが鼻をつく。その瞬間、自分が何を買おうかと迷う気持ちが一瞬にして消え去る。その日の気分にぴったりな色のチューリップを選ぶ自分が目に浮かんだ。


「いらっしゃいませ」とおばあさんが優しい声で声をかけてきた。


「こんにちは、チューリップが欲しいんです。」


おばあさんは微笑みながら、黄色と赤の鮮やかなチューリップを手に取った。「こちらのチューリップはいかがですか?明るくて元気が出ますよ。」


私はその言葉に励まされ、2本のチューリップを購入することにした。おばあさんの手際よく包む姿を見ていると、どこか心が和やかになっていく。自分の手に渡ったチューリップは、まるで新しい日常の一部となってくれるかのようだった。


その日の仕事はなかなか捗らず、胸の中には買ったチューリップのことがずっと残っていた。自分のデスクに飾ろうか、それとも家に持ち帰るか悩みながら、昼休みに入り、私はチューリップを見つめ続けた。カラフルな色彩が心を和らげ、どんなに忙しい日常でも、こうして小さな幸福を見つけることができるのだと実感した。


 帰り道、私はふと週末に何か特別なことをしてみようと決めた。毎日のルーチンから少し離れ、心のゆとりを持とうと思った。帰宅後、チューリップを飾り、少し気取った夕食を用意することにした。普段は手を抜くことが多かったが、今日は自分を大切にする日だ。


 少し華やかさを意識したテーブルセッティングが完成し、明るく灯るキャンドルの光が部屋を包むと、その瞬間、いつもとは全く違う雰囲気に自分が驚いた。そうそう、自分はこういう日を待っていたのだと思った。


 料理をしながら、どこか心がウキウキと跳ねている。食材を切り、火を入れ、時折チューリップを眺めながら、ふと思い出したのは家で猫を飼っていたことだった。その猫は、私が仕事から帰るといつも楽しそうに迎えてくれた。これからの良い変化というのは、猫との新しい散歩コースや、日々の些細な幸せを意識することだと感じた。


夕食を終わり、チューリップの香りが漂う部屋で少し本を読んでいると、いつの間にか夜が更けていた。私の心の中では、小さな変化の種が芽生えているような感覚があって、少しずつ心の余裕が拡がっていくのを感じた。


週末を重ねるごとに、私は些細なことでも自分を楽しませる努力をした。散策に出かけたり、趣味を見つけたりするうちに、日常の中で新しい発見が沢山あった。おばあさんの花屋へも足を運ぶ回数が増え、友人を誘ってお花見をしたり、手作りの花束をプレゼントしたりすることができた。


日常は時に単調で退屈に感じることもあったが、自分が少しの工夫を加えただけで、大きく変わることができることを知った。チューリップはその後も、私のデスクや部屋を彩り、心を軽くしてくれた。これからも新しい何かを始めることを恐れず、日々を大切にしていこうと感じた。そして、また不安が訪れたときには、花屋のおばあさんの笑顔を思い出し、勇気を振り絞ろう。日常の中の小さな幸せを見逃さずに、心豊かな日々を送っていきたい。