赤い影の呼び声
彼女は、祖母の遺した古い屋敷に引っ越すことにした。広大な庭と朽ちかけた木製の門、雰囲気のある古い壁。居心地は良くはなかったが、静寂と隔絶された空間に心惹かれた。田舎の風景は、日々の忙しさから逃れるための理想的な場所だった。
最初の夜、彼女は屋敷の主だった祖母の思い出に浸りながら、静かに眠りについた。しかし、夢の中で不気味な影が彼女を追いかけてくる。目を覚ますと、暗闇の中で誰かが彼女の名を呼ぶ声がした。最初は気のせいだと思ったが、次第にその声は根拠のない恐怖をかき立てるように彼女の心を掴んだ。
数日後、彼女は地下室を発見した。入り口は使用されていなさそうで、埃だらけだったが、探検心に駆られ、奥へ進んでみた。地下室には古い家具や箱が散乱しており、何かの忘れ物のように感じられた。だが彼女が目にしたのは、一つの赤い日記帳だった。その表紙はひび割れ、色褪せていた。好奇心が勝り、彼女はその日記を手に取った。
日記を開くと、祖母の若かりし頃のことが 赤いインクで綴られていた。最初は日常や恋愛のことが書かれていたが、次第に話は奇妙で不気味な方向へと進んでいった。彼女は恐怖に震えながらも、その内容から目が離せなかった。
「彼女は私に見える。いつも私を見つめている。」という言葉が繰り返し出てきた。さらに、「彼女が現れると、家族が一人ずつ消えていく。」との記述が続いた。彼女は背筋が凍る思いがした。夢の中で聞こえていたあの声、もしかしたらそれは…?
次の日、彼女は近くの村の老人に話を聞くことにした。その村では、彼女の祖母について語り草があった。老女は、そんな言葉を口にした。「祖母さんは何かを呼び寄せる力を持っていた。彼女の祖先は、誰かを家に招くたび、必ず何かがついてくる。」
さらに、老女は続けた。「それは眼のない少女の霊だと言われている。彼女が見るものは全て食い尽くされ、家族を次々と奪っていくんだ。」家に戻る途中、彼女は冷たい汗が背中を流れる感覚は止められなかった。思い出すのは、日記に書かれていたことと、最近の不気味な現象。日の光が差し込む部屋に戻ると、薄暗い地下室の存在が、まるで今にも彼女を飲み込むかのように感じられた。
それから時が経つにつれ、奇妙なことが次々と起こり始めた。物は勝手に動くようになり、薄暗い隅で子供の泣き声が聞こえることがある。最初は「ただの幻想だ」と自分に言い聞かせていたが、次第に心の奥底から湧き上がる恐怖を否定できなくなっていた。彼女は夜ごとに、あの声に呼ばれる夢を見続けた。
日記に書かれた警告にもかかわらず、彼女は地下室へ戻る決意を固めた。その晩、烏の鳴き声に包まれた静寂の中、再び薄暗い室内に足を踏み入れた。日記を持ちながら、彼女は音もなく近づく影を感じた。その瞬間、赤い目を持った少女の霊が目の前に立っていた。目がないはずの彼女の視線を感じながら、恐怖と混乱に飲み込まれそうになった。
「入ってきたのね…」その声は、凍りつくような響きを持っていた。彼女は振り返りたかったが、体が動かせなかった。まるで彼女自身がいま、次のターゲットになっていると確信した瞬間、何かが彼女の中で崩壊した。
「お願い、出ていって。あなたは私の一部になんてなれない。私には生きる理由がある。」彼女は叫んだ。しかし、その声は逆に、少女の存在を強めるだけだった。「あなたは選ばれたの。私の眼に映る者は、必ず私の一部になる」
その瞬間、彼女は急激に心を奪われる恐怖と共に、疎外感を抱いた。それは彼女の家族を取り去る少女の霊による運命なのか?彼女は恐怖につぶされ、意識を失った。
気がつくと、彼女は自分のベッドで目を覚ました。奇妙に静まり返った屋敷の中で、自身の存在に疑問を抱いた。夢だったのか、現実だったのか、分からなかった。ただ、何かが確実に変わっていた。
彼女の心に残るのは、あの赤い目と少女の声。それはもう彼女の心の中で誰かと同化していたのかもしれない。そして、日記が残る限り、祖母が抱えた恐怖が彼女に受け継がれたのだという運命。外の世界は、静けさに包まれ、彼女はゆっくりと自分の記憶を掘り起こそうとしていた。彼女はもはや、逃れることができない旅の中にいるのだと感じていたのである。