木製の象牙
かつて、江戸時代のある静かな町に、名を馳せた商人、沢田四郎が住んでいた。彼は町で最も裕福な商人として知られており、質素でありながらも気品のある屋敷に家族とともに暮らしていた。彼の商いは正直で、町の人々からの信頼も厚かった。しかし、何事も完璧なものはない。心に闇を抱えた者が、彼の繁栄を妬むこともあるのだ。
ある日のこと、沢田は町の市場で「木製の象牙細工」を手に入れた。これは稀少なもので、商売の成功を約束する品だった。彼はその細工を自らの店に飾り、町の人々の目を惹きつけようとした。しかし、その細工には秘密があった。実は、それは盗まれたもので、町外れの山賊によって奪われたものであった。
その夜、商人の宿に不意に訪れたのは、町外れの山賊の頭領、鬼の市蔵だった。市蔵は昔、沢田と親交があったが、彼の成功に嫉妬し、陰で裏切ったのだった。彼は賭けの場で沢田の商売を妨害し、普段はなりをひそめていたが、今夜は特に怒りに燃えていた。
「沢田四郎、お前がその細工を手に入れる権利はない!」
市蔵はそう叫びながら沢田の屋敷に押し入った。彼は沢田に脅しをかけ、細工を返せと迫った。しかし、沢田はそれを拒否した。「私が手に入れたものは、私のものである。お前のやり方には屈しない!」
争いはエスカレートし、二人は激しい言葉を交わし、結局は乱闘に発展した。沢田の家族は恐れおののき、外からの叫び声に驚いて目を覚ました。家の中は混乱に陥り、血が流れた。
その喧嘩の最中、沢田の娘、花は外に逃げ出し、近隣の家に助けを求めようとした。しかし、その途中で彼女は通りすがりの人に出会い、思わず「父が危ない!」と叫んだ。助けを求める声に、町の若者たちが駆けつけ、家の前に集まった。
その騒ぎを聞いた市蔵は急に恐れを感じた。「このままでは捕まる!」と考えた彼は、細工を持って逃げ出すつもりだった。しかし、沢田は市蔵をつかまえ、彼の手にある細工を奪おうとした。二人の争いは苛烈を極め、ついには市蔵がナイフを取り出し、沢田に向かって突き出した。運悪く、彼の手は狂い、沢田は致命傷を負ってしまった。
花は戻ってきて、父の姿を見た瞬間、悲鳴を上げた。町の若者たちはその声に引き寄せられ、市蔵を取り囲んだ。「お前が父を殺したのか!」彼らの叫びが市蔵を追い詰めた。
一瞬、静寂が訪れた。市蔵は心の中に葛藤が渦巻くのを感じた。彼はその場から逃げようとしたが、若者たちが彼を取り囲み、逃げることはできなかった。彼は最後の手段として、周囲にあった木の棒を掴んだが、彼は投げ出すような投げやりな気持ちだった。
その後、町の人々は沢田の死を悼み、また市蔵の行いを非難した。彼は結局捕らえられ、裁判にかけられることになった。その裁判では、沢田が手に入れた細工が盗品であることが明らかになり、彼の名声に泥を塗る結果となった。しかし、市蔵の罪が多くの目に晒されたとき、彼の心には一つの思いが去来した。「お前は何を求めたのか?」
結局、市蔵は厳罰に処され、町から追放されることになった。その後、沢田の屋敷は空き家となり、町の人々の記憶から徐々に消えていった。しかし、町に残された花は、父の思いを受け継ぎ、商人として正直に生きていくことを誓った。
その時、街角に佇む古い木の柱には、彼女が父と共に育った思い出が刻まれていた。町は再び繁栄を取り戻し、沢田の名声は次第に復活したが、彼の死の影は決して消えることはなかった。