桜と紬の約束
キャンパス内にそびえ立つ桜の木々が、風に揺れて薄紅色の花びらを舞い散らす。その光景はまるで夢のようで、僕の心を穏やかに包んでいた。――その日も、僕は放課後の図書館で一人、教室から遠く離れた場所で本に没頭していた。
「竹内君、また本を借りに来たの?」
図書館の受付に立っていたのは、クラスメイトの三浦紬(みうら つむぎ)だった。彼女の笑顔は春の日差しのように眩しくて、僕は一瞬言葉を失う。
「う、うん。まあ…いつもの感じで」と僕は返事をターンテーブルの棚から探りながら言った。紬は確かに愛らしい。けれど、僕が彼女を意識するのは、その笑顔だけが理由ではなかった。
実は、僕は紬が図書館で働き始める前から密かに彼女のことを好きだった。教室ではいつも友達に囲まれている紬とは違って、僕は人見知りで、教科書とノートばかりと向き合っていた。そんな僕が唯一、彼女と連絡を取れる場所がこの図書館だった。
「今日は何か特別な本を借りるの?」紬は僕を見上げて尋ねた。
「ああ…いや、別に。いつも通り、読んでるだけだよ」
紬は少し首をかしげ、「何か、難しい顔をして見えるけど……大丈夫?」と気遣うように聞いた。その瞬間、僕の心は少し緩んだ。
「学校のこととか、考えるとどうしてもね……」
「うん、分かるよ。でもね、休憩も大事だよ。無理しないでね」
彼女の言葉は、本の文字よりもずっと柔らかく、僕の心に染み渡った。結局その日は、いつものように本を借りて、そのまま家に帰った。
次の日も、桜の花びらが揺れるキャンパスを歩く。教室では、普段通りの講義が進むが、どうしても心のどこかで紬のことが頭にちらつく。授業が終わるたびに図書館に足を運び、彼女に会うのが僕の日課となっていた。
ある日のこと、図書館の片隅で紬が一人、ぼんやりとしている姿を見かけた。普段の彼女の明るさとは違って、少し寂しげな表情をしていた。
「紬、何かあったの?」僕は声をかけた。
「……竹内君」彼女の顔には驚きの色が浮かんだ。「実は、少し悩んでて……」
そうやって話し始めた紬の悩みは、彼女が将来に対する不安や迷いを抱えていることだった。僕は彼女に言葉をかけることもできず、ただ耳を傾けた。
「ありがとう、竹内君。君って、静かだけど話が分かる人だったんだね」と言われ、僕は少し照れくさくなった。
その後も、僕たちは放課後の図書館で何度も話をするようになった。毎回、共に過ごす時間は心地よく、気づけば二人の間に確かな絆が生まれ始めていた。
ある日の放課後、桜の木の下、公園のベンチに座っていると、紬が隣にやってきた。彼女の手には小さな袋が握られていた。
「これ、竹内君に」と言って差し出された袋には、手作りのクッキーが入っていた。
「ありがとう、でも、どうして?」
「竹内君に感謝を伝えたかったの。いつも、私の話を聞いてくれるから、本当に嬉しいんだ」
その一言が、僕の心を温かく包み込んだ。この瞬間、僕は自分が紬をどれだけ好きか、改めて実感した。
「紬、僕も、君のことが……」と告白しようとした瞬間、彼女は微笑みながら僕の手を優しく握った。
「知ってるよ、竹内君。私もね、同じ気持ちなんだ」彼女の瞳には、涙が光っていた。
その瞬間、僕たちの間に強い愛情の絆が生まれた。桜の花びらが舞い降りる中、僕たちはお互いの気持ちを確かめ合い、小さな奇跡が生まれた。
そして、その後も紬との日々は続いていく。図書館での静かな時間、桜の木の下での共有する瞬間、そしてお互いに対する深い愛情。全てが僕たちの心に深く刻まれていった。
青く澄んだ空の下、桜の花びらが風に乗って舞い散るように、僕たちの愛情もまた、揺らめきながら確かなものとなっていたのだ。