謎の微笑み
山田美咲は、西隅町の自分のアパートに戻るとすぐに疲れた体をソファに投げ出した。仕事から帰宅するたびに感じる孤独が今日も彼女の胸を重たく押しつぶす。頭の中には先週の新聞の一面を飾った「西隅町連続失踪事件」のことがぐるぐると渦巻いていた。
事件の概要はこうだ:ここ数か月の間に、町の若い女性が四名、突如として姿を消していた。年齢も背景も異なる女性たち、それに共通するのは、最後に目撃された場所がすべて西隅町の飲食店やカフェであり、その後に誰一人として姿を見せなかったことだ。
美咲もまた、この町で一人暮らしをしている若い女性のひとりだった。どこか心の奥底で、彼女も次の被害者になるのではないかという恐怖が常にあった。しかし今日、そんな不安をわずかに逸らす出来事があった。
美咲がいきつけのカフェ「シルクローブ」で投函された手紙を手にしたのだ。それは、差出人不明の紙袋の中に無造作に入れられていた。手紙の内容は一見普通だった。だが、何か異様なものを感じさせる言葉遣いと、手紙の最後に描かれた不気味な微笑みのイラストが彼女を不安にさせた。
「次はお前だ」という言葉が繰り返されていた。それは固まりかけた脳裏を突き動かす一言だった。美咲は、これが単なる悪戯かもしれないと思いながらも、心の中でその言葉がぐるぐると回り続けた。
手紙を握りしめ、美咲は一人でアパートに戻るのが恐ろしく感じていた。その夜は眠れずにベッドで寝返りを打ち続けた。どこからともなく冷たい視線を感じる。振り向いても誰もいないのに、その不快感は消えなかった。
翌日、彼女は職場の同僚である松尾に手紙のことを話すことに決めた。松尾は親切で明るい性格の女性で、常に美咲の良き相談相手だった。
「松尾さん、この手紙を読んでください。何か怖い感じがするんです。」
松尾は手紙を受け取り、じっくりと読んだ。そして眉間にしわを寄せた。
「これはちょっと…確かに、普通の悪戯とは思えないわね。でも、大丈夫、私たちが何か手助けできるはずよ。警察に相談するのも一つの手よ。」
その後、二人は警察に行った。警察署で担当した巡査部長の鈴木は、懸命にメモを取りながら話を聞いていた。
「山田さん、この手紙ですが、我々のところにすでに複数の同様の報告が入っています。現在、捜査中ですが、犯人の特定はまだできておりません。」
鈴木が重い口調で答えると、美咲の心はますます不安でいっぱいになった。
数日後、美咲は自宅に再び手紙を受け取る。手紙の内容はさらに不気味で、今回は彼女の行動を細かに記載してあった。それは、まるで誰かが一日中彼女を監視しているかのようだった。こちらからは見えないのに、犯人はあちら側から彼女のすべてを見ている。それが堪らなく怖かった。
追い詰められた美咲は、再び松尾に相談した。しかし、今回は何かが違っていた。松尾の表情はどことなく落ち着きがなく、美咲が何かを話しかけるたびに意味深な微笑みを浮かべた。
「大丈夫、もうすぐ全てが終わるわ。」
松尾の言葉は不可解で、美咲はその表情に何かを感じ取った。それは不安、いや恐怖の気配だった。その夜、布団に包まれながら、彼女は松尾の微笑みを思い出し、次第に疑念が募る。もしかして――彼女が?
次の日、美咲は意を決して探偵事務所に足を運んだ。探偵の山崎は冷静で、鋭い眼差しで彼女の話を聞いていた。
「山田さん、松尾さんのことですが、よく観察してください。もし何か異常を感じたらすぐに連絡を。」
そのアドバイスを胸に、美咲は松尾のことを注意深く観察することに決めた。
その晩、再び美咲のもとに手紙が届いた。しかし、今回は文字が違った。明らかに前回とは異なる筆跡で、「助けて」と書かれていた。美咲は震える手で手紙を握りしめ、すぐに探偵の山崎に連絡をした。
翌朝、松尾が出社すると、美咲は冷静に問い詰めた。
「松尾さん、なぜこんなことを?」
松尾は初めは驚いた顔をしたが、次第にその口元に不気味な笑みが浮かんだ。
「あなたはいつもそう。誰かが助けてくれると思っている。でももう、誰も助けてはくれないのよ。」
突然、背後から鈴木巡査部長が現れ、松尾を取り押さえた。
「山田さん、彼女が犯人です。すべての手紙も、彼女のものでした。」
松尾は狂気の眼差しで笑い続けた。
「あなたも苦しむの。わたしと同じように。」
美咲はその場に崩れ落ち、涙が頬を伝った。そして、その心には救済と同時に、深い喪失感が広がっていた。
恐ろしい連続失踪事件の真相が暴かれたが、それに代わる恐怖と孤独は、美咲の心に長く刻まれることとなった。alatan