青春の風景
風薫る春の日、僕たちはこの世で一番輝いているかのように感じていた。高校最後の春休み、僕たちは初めての旅行に出かけることを決めていた。行き先は山岳地帯にある小さな温泉町。青春の絶頂にいる僕たちには、その町の静けさがとても魅力的に思えたのだ。
出発の日、駅のホームには僕と、幼馴染の美咲、それから同じ部活動の友人たち。全員、希望に満ちた笑顔を浮かべて、それぞれのリュックサックを背負っていた。
電車に乗り込むと、窓際の席に座った美咲が一息ついた。「こんな風にみんなで旅行するの、もう最後かもしれないね」と彼女が言った。その言葉に僕は少し驚いたが、確かにその通りだと感じた。僕たちはもうすぐ、「大人」たちの世界に踏み出すのだ。
まどろみの時間が過ぎた後、目的地の駅に到着した。そこからさらにバスに揺られて、山道を登っていく。空気が澄んでいて、新緑の葉が風に揺れる。その風景は、まるで時間が止まっているかのような錯覚を起こさせた。
宿に到着すると、思っていたよりも広い和風の建物が迎えてくれた。畳の香りにどこか懐かしさを感じながら、僕たちは荷物を部屋に置いた。その後、美咲がこれもまた恒例の「占い」を始めた。彼女は昔から、タロット占いが得意だったのだ。
「まずは竜人の花さんから」
美咲はカードをシャッフルし、そして1枚ずつ並べていく。「うん、あなたには素晴らしい未来が待っているみたい。恋愛運も絶好調だし、学業運もいい感じ。このまま頑張れば、きっと素敵な大人になれるはず」という言葉に、竜人の顔がほころんだ。
次は僕だった。美咲の目が一瞬厳しくなったが、すぐに愛らしい笑顔に戻り、「大丈夫、あなたもきっと大丈夫」とだけ言った。その言葉には何故か少し不安を感じさせるものがあったが、深く追求することはしなかった。
その日の夕食は、宿で提供してくれる地元の料理。食事後、僕たちは温泉に向かった。湯煙の中、美咲が何気なく言った。「あのね、私、卒業したら東京の大学に行くことにしたんだ」
驚いた。美咲が進学先を決めたことは聞いていたが、具体的にどこに行くかは知らなかったのだ。「そうなんだ。じゃあ、もうあまり会えなくなるのかな」
彼女は静かに頷いた。「でも、きっとまた会えるよ。今はそう思いたい」
その夜、布団に入りながら僕は考えた。この数ヶ月で、僕の周囲のすべてが変わっていく。美咲も、竜人も、そして僕自身も。それが成長というものなのだろうか。
次の日の朝、早起きして近くの山に登ることにした。朝日が昇る瞬間を見たかったのだ。登山道を登りながら、美咲が隣に寄り添ってきた。彼女の笑顔が、どこか切なく映る。
頂上に到着すると、絶景が広がっていた。青空が広がり、地平線がどこまでも続く。美咲が僕の手を握った。「ねえ、この風景、忘れないでね。私たちはいつでもここに帰ってこれる」
「もちろんさ。それに、思い出はいつも心の中にあるんだ」
その後、僕たちは宿に戻り、チェックアウトの時間までゆっくりと過ごした。帰りの電車では、美咲が静かに窓の外を見つめていた。風景が次々と変わっていく中で、僕たちはどこか心の中で永遠を感じていた。
戻ってからの日常が違って見えるのは、きっとあの旅があったからだろう。人生の新しい章が始まるその時、僕たちはまた再会することを信じていた。
風薫る春の日、僕たちの青春は確かにそこにあった。その思い出は、いつまでも僕の心の中で輝き続ける。