図書館の恐怖の夜

静かな田舎町、霧が立ち込める晩秋の夜。その日は誰もが震えるような寒さだった。夕方からは霧が一層濃くなり、街灯の明かりさえもぼんやりとしか見えないほどだ。誰もが家路を急ぎ、通りには人影がほとんど見当たらなかった。


そんな中、一つの古びた図書館が不気味な魅力を放っていた。その館は、かつてこの町の重要な文化拠点だったが、今は訪れる人も少なくなり、忘れ去られたかのように佇んでいた。


図書館の中に一人の若い女性、名を薫と言う。一週間前からこの図書館で司書として働き始めたばかりだ。薫は、この古びた図書館に何か奇妙な魅力を感じていた。いつも静かで、どこか不気味なこの場所には、深い秘密が隠されていそうな気がしてならなかった。


今夜は特に静かだった。他の職員は既に帰宅し、薫だけがこの広い館に残っていた。突然、ふとした不安が薫の心をよぎる。周囲の静寂は普通のものではなかった。まるで何かが潜んでいるような気配があった。


彼女は本棚を整理しながら、背後の僅かな音に耳を傾けた。しかし、すぐにそれが何かの錯覚だと自分に言い聞かせ、仕事に戻った。しかし、その音は止まらない。かすかだが確かに何かが動いている音だ。


薫は恐る恐る振り返った。そこには、背の高い本棚が並んでいるだけ。しかし、その奥にある暗がりが一層不気味に感じられた。彼女は深呼吸をし、勇気を振り絞ってその暗がりに近づいた。しかし、そこには何もなかった。


「気のせいかな…」彼女は自分に言い聞かせ、本棚に戻ろうとしたその時、突然背後から誰かが呼ぶ声が響いた。


「薫さん…」


驚いて振り向くと、そこには誰もいない。声は確かに耳元で聞こえたのに、一体誰だったのか。薫は心臓がバクバクと鳴るのを感じながら、その声の主を探してゆっくりと歩き出した。声の聞こえたあたりには、ただ机と椅子が置かれているだけで、人の姿はなかった。


すると、椅子の上に一冊の古びた本が置かれているのに気づいた。その本には見覚えがなかった。表紙は擦り切れていて、文字も薄れて読めなかった。しかし、なぜかその本が薫を強く引きつけた。


彼女は本を手に取り、静かにページを開いた。その瞬間、冷たい風が彼女の頬を撫で、本の中から嗚咽のような音が漏れ出した。驚いて本を閉じようとしたが、手が凍りついたかのように動かなかった。


次の瞬間、薫の目の前に突然暗闇が広がった。本の中に吸い込まれるような感覚に襲われ、彼女は抵抗もできずにその闇の中に飲み込まれていった。


目が覚めると、薫は異様な光景に立っていた。目の前には、見知らぬ部屋が広がっていた。古びた家具と埃で覆われた床、そして壁に掛けられた見慣れない絵画。まるで時が止まっているかのようだった。部屋の隅には、まるで誰かが生活していた痕跡が残っていた。


「ここは一体どこなの…?」薫は恐怖と混乱で立ち尽くした。しかし、すぐに冷静さを取り戻し、部屋を調べ始めた。すると、一つの引き出しの中から日記帳が見つかった。


日記帳を開くと、中にはびっしりと文字が書かれていた。どうやら、この日記は図書館の過去の職員によるものらしい。ページをめくるごとに、読んでいた薫は背筋が凍る思いをした。書かれていたのは、図書館で起こった一連の怪奇現象の記録だった。


「図書館には、何か恐ろしいものが潜んでいる…」日記にはそう書かれていた。過去の職員たちは、一人また一人と姿を消していき、そのすべてが未解決のままだという。彼らが消える前に感じた恐怖と不安が、日記の文字にはっきりと刻まれていた。


薫はその事実に愕然とし、涙が自然とこぼれ落ちた。まさか自分もその一人になるのだろうか。そんな考えが頭をよぎった瞬間、不意に部屋のドアが軋む音を立てて開いた。


ドアの向こうには、淡い光が漏れていた。薫は恐る恐る近づき、ドアの向こうを覗いた。そこには、もう一つの部屋が広がっていた。その部屋の中央には、大きな鏡があった。何かが映り込んでいるようで、薫にはそれが何かはっきり見えなかった。


彼女が鏡に近づくと、自分の背後に誰かが立っているのに気づいた。驚いて振り向くと、そこにはやはり誰もいなかった。再び鏡を見ると、今度は鏡の中の自分が微笑んでいるのに気づいた。鏡の中の自分が、不敵な笑みを浮かべて、ゆっくりと手を伸ばしてきた。


「助けて…」薫は叫ぼうとしたが、声が出なかった。その瞬間、鏡の中の自分は薫の手を掴み、強引に引き込もうとした。薫は必死に抵抗し、引き剥がそうとしたが、鏡の中の力は強大だった。


その瞬間、図書館のどこからか木が軋む音と共に、棚が崩れるような音が響いた。薫はその音に気を奪われ、一瞬手の力が緩んだ。その隙を突かれ、鏡の中の自分に完全に引き込まれた。


次に薫が目を覚ますと、そこは再び元の図書館だった。しかし、その日は既に朝を迎えており、薄明かりが窓から差し込んでいた。薫は全身を震わせながら立ち上がり、周囲を見回した。鏡も、日記も、さっきの部屋も何もなかった。全ては夢だったのかと思うほど現実味がなかった。


しかし、自分の手に握られていた一枚の紙切れ。それには、過去の職員たちの名前と「図書館に潜む恐怖に注意せよ」という一言が書かれていた。


薫はその紙を握りしめ、図書館を後にする決意を固めた。彼女はもう二度と、この図書館には戻りたくなかった。恐怖は現実に存在し、過去の職員たちが消えた理由を知った今、その場所がどれほど危険かを痛感していた。


その後、薫は図書館を退職し、二度とその町に足を踏み入れることはなかった。しかし、彼女の中には常にあの夜の恐怖が深く刻まれている。そして、図書館の秘密を知る唯一の生存者として、その真実を胸に秘め続けた。


町の人々は今もなお、その古びた図書館の噂を囁き合っている。しかし、誰も本当の恐怖は知らない。薫だけがその真実を知りながら、遠く離れた場所で新たな生活を始めたのであった。