兄弟の恋心

彼女がいるのに、兄弟としての絆が揺るがされるのはどうしてだろうか。桐生の兄、雅也は、恋愛に対して慎重な性格だった。一方、弟の拓斗は、無邪気でいつも明るく、恋愛に対しても興味津々だった。そんな異なる性格の二人は、互いに信頼していたが、ある日、雅也の心に不安が芽生える。


その日、二人は土曜日の午後、近所の公園に出かけた。青空の下、子どもたちの笑い声が響く中で、拓斗は携帯をいじりながら「見て!俺の彼女からラインが来た!」と興奮気味に言った。雅也はその言葉に微笑みながらも、心の中で何かがざわめくのを感じていた。


拓斗には、高校の同級生である美咲という彼女がいた。明るく、元気で、いつも笑顔を絶やさない美咲は、雅也にとっても可愛らしい妹のような存在だった。しかし、兄としての雅也は、拓斗があまりにも美咲を大切にしすぎることに対して心配していた。彼が振り向いてしまう瞬間を恐れていたのだ。


「そういえば、今度の週末、俺は美咲をデートに連れて行くつもりなんだ」と拓斗が言った。彼の目は輝いており、将来のビジョンを思い描いているようだった。雅也は笑顔を浮かべながらも、内心には葛藤が渦巻いていた。


週末が近づくにつれ、その葛藤はどんどん大きくなっていく。雅也は美咲と会った時の彼女の笑顔を思い出し、心をザワザワさせた。「彼女のことを、俺が好きになるなんてありえない」と自分に言い聞かせたが、情動は止まらない。


デートの日、美咲が雅也の家にやってくる。雅也は少し緊張しながら、リビングで二人が会話する様子を見守っていた。彼女は拓斗に対して優しく接し、その中に愛情を感じていたが、雅也はどこか居心地の悪さを感じずにはいられなかった。


「雅也兄ちゃん、一緒に映画でも見ない?」美咲が明るい声で誘った。その瞬間、雅也の心臓が高鳴った。彼女と一緒に過ごす時間が、拓斗との距離を意識させるからだ。


「ごめん、今日は予定があるから」と、雅也は自分の言い訳をしながら部屋を出た。


しかし、心の中の動揺は収まらない。雅也は自分が拓斗の彼女に気持ちを寄せていることに気づき、胸が締め付けられる思いだった。兄弟である拓斗との関係が崩れることが恐ろしかったが、一方で美咲に対しての想いも消えない。


数日後、拓斗が帰宅するなり、「美咲が俺に何か言いたいことがあるみたいなんだ」と言った。目が輝いており、背中を伸ばしながら、嬉しそうに伝えた。「きっと俺のこと好きになってくれたんだ!」その言葉に雅也は何も返せず、ただ沈黙するしかなかった。


後日、美咲が二人の家を訪れた。その日は特に和やかな雰囲気で、三人でのんびりと過ごしていた。しかし、雅也は美咲の視線が自分に向くと、ドキリとしてしまう。


「雅也兄ちゃん、私、ずっとあなたのことを尊敬してたの」と言われたその瞬間、雅也は言葉を失った。「尊敬?」それが愛情に変わることはないと信じていた。でも、彼女の表情を見つめていると、自分の心が痛くなるのを感じた。


それでも、雅也は健気に目を逸らし、「ありがとう。でも拓斗のことも大切にしてあげてほしい」とだけ言った。その言葉に、美咲は困った顔を見せた。


数日後、拓斗が「美咲と別れた」と告げてきた。兄として少し安堵しながらも、内心の葛藤は消えなかった。美咲に対する想いは変わらないのだ。それから雅也は、兄弟としての絆を大切にしていくことを決心した。


兄弟の関係はいつでも特別だ。それを壊したくなかったからこそ、険しい気持ちを隠し、ただ微笑みながら歩き続けた。恋愛は複雑で、心の中の想いも時には痛みとなるが、兄弟愛はそれを越えて強いものであることを信じていた。