影を追いかけて
雨の降りしきる夜、古びたビルの一室で、若い女性が電話を耳に当てながら震えていた。彼女の名前はあかり。都会の喧騒から逃れるように、高級マンションで一人暮らしを始めたが、最近、奇妙な出来事が続いていた。
数日前から、彼女の後ろをつけてくる誰かの気配があった。今夜も仕事帰りにふと振り返った瞬間、影がちらりと見えた気がした。その日から、彼女は自宅にいるときも外出するときも、不安感に包まれていた。電話の向こうには、親友のりょうがいた。「どうしたの?そんなに怯えて」と、心配そうに聞いてくる。
「りょう、なんだか誰かに見られている気がするの。昨日も、コンビニから帰るときに感じたの」とあかりは小声で答えた。りょうは一瞬の沈黙の後、「警察に行くべきだよ。それとも、私が今からそっちに行こうか?」と提案したが、あかりは首を振った。「大丈夫、まだ様子を見てから決めるつもり。明日になれば落ち着くかもしれないし」
その夜、あかりはベッドに横たわったが、目が冴えて眠れなかった。窓の外からは、雨の音と共に時折響く雷鳴が不気味に響く。しかし、安らげない思考が彼女を支配し、いつの間にか彼女はうとうとしてしまった。
夢の中、あかりは知らない街を彷徨っていた。薄暗い路地裏、彼女の心臓は不安で高鳴る。突然、背後から誰かの足音が近づいてくる。振り向くと、そこには顔を隠した男が立っていた。彼は何も言わず、ただゆっくり彼女に近づいてきた。あかりは恐怖で走り出すが、男はいつでもその距離を詰めてくる。
夢から覚めた彼女は、朝日が差し込む窓の向こうに不安を感じつつも、今日も出勤しなければならないと思った。しかし、出かける準備をしている最中、ふと目に入ったカーテンの隙間から、同じ男が見ているような気がした。彼女は急いでカーテンを閉め、自分の心を落ち着けるために深呼吸をした。
会社には行ったものの、同僚との会話もどこか上の空で、いつも楽しんでいたランチも味気なく感じられた。午後になり、ようやく仕事を終えたあかりは、同僚に「今日は早めに帰るね」と告げて、急いで会社を後にした。
帰り道、恐怖が再び彼女を襲った。ふとした瞬間に振り返ったとき、後ろにいる誰かの影が見えた気がした。逃げるようにマンションに帰ったが、心は重く不安でいっぱいだった。自宅に辿り着くと、ドアを閉めながら、彼女はようやくホッと息をつく。しかし、その安堵感もつかの間、何かが彼女に近づいてくる予感がした。
夜になると、雨音がさらに激しさを増した。彼女は作業をしながらも、窓の外を気にしていたが、ふとした拍子にドアのノック音が聞こえた。「誰?」と問いかけると、返事はなかった。ドキドキする心を抑えつつ、彼女はドアを開けた。そこには何もいなかったが、地面に置かれた白い封筒が目に入った。
封筒を手に取り、中を確認すると、無造作に一枚の写真が入っていた。それは、あかりが会社で撮った笑顔の写真だ。その瞬間、背筋に冷たいものが走った。あかりはすぐに携帯電話を取り出し、りょうに電話をかけた。「りょう、今すぐ来て。…何か変なものが届いた」
りょうが自宅に到着するまでの間、あかりは心の中で考え続けた。誰が?なぜ彼女に?思考がぐるぐると巡る中、ノックの音が再び響いた。恐る恐るドアを開けると、そこにはりょうが立っていた。彼女はすぐに中に招き入れ、事情を話した。
すると、りょうの表情が急に真剣になった。「この写真、見たことがあるかもしれない」と言って、スマホを取り出した。画面には、数日前にニュースで報じられた失踪事件の記事が表示された。そこに掲載されていた写真はあかりの写真とそっくりだった。
「その人、確か同じマンションに住んでたらしい」りょうが言うと、あかりの恐怖は頂点に達した。失踪事件の被害者と同じ次元に引き込まれた自分。そこに男の影は、あかりの背後でじりじりと迫っているのではないか。彼女は立ち尽くし、後ろを振り向くこともできなかった。
りょうがスマホで警察に連絡している間、あかりは恐怖で動けなかった。しかし、しばらくして落ち着きを取り戻すと、警察に自分の体験を話すことを決意した。彼女が話し終えると、警察官は真剣な表情で言った。
「あなたの身を守るために、すぐに移動することをお勧めします。最初に撮られた写真がある間は、あまり長居はできません」
その瞬間、あかりは驚愕して振り返った。そして彼女の目に飛び込んできたのは、ドアの隙間から覗く男の顔だった。彼女は恐れを抱きつつ、まずは逃げ出す決意をした。警察官の助けを借りて、彼女はその場を後にし、影から逃げるのだった。
それ以来、あかりの生活は一変した。新しい街へ移り住み、過去を振り切ることに努力した。しかし、彼女が自分の道を歩き始めるたびに、振り返る裏切りの影が彼女の心に焼きついていた。サスペンスはまだ終わらない。監視と逃避の生活は、いつまでも彼女の中に潜んでいたのだ。