見守りの木

ある小さな町に、何十年も前から使われていない古びた公園があった。公園は、かつて子供たちの遊び場だったが、事故や失踪事件が相次ぎ、徐々に町の人々から忘れ去られていった。その公園の中心には、大きな古木がそびえ立っており、その木はまるで何かを見守っているかのようだった。町の人々はその木を「見守りの木」と呼び、近づくことを避けていた。


ある夏の日、大学生のサクラは友人たちと一緒に町を訪れ、噂に聞いたその公園に足を運ぶことにした。彼女は好奇心旺盛で、特に都市伝説や神秘的なものに興味を持っていた。友人たちは最初は不安を感じていたが、サクラの熱意に押されて、結局一緒に公園に入ることにした。


公園の入り口をくぐると、静寂が広がっていた。青々とした草花が生い茂る中に、滑り台やブランコが朽ち果てて立ち尽くしている。サクラはその光景に興奮し、カメラを取り出して写真を撮り始めた。友人たちは皮肉を言いながらも、その奇妙な雰囲気を楽しんでいた。


「あなたたち、あの大きな木を見てみて。すごい存在感だね。」サクラは言った。友人たちは不安そうに顔を見合わせたが、サクラはその木に近づいていった。木の幹は淡い緑色の苔に覆われており、幹の幅は十人以上が抱きついても足りないくらいだった。サクラは木に手を触れ、その感触を確かめた。その瞬間、木の周りに妙な冷気が漂ったように感じた。


「何か、おかしいよ。」友人のリョウが呟いた。もう一人の友人は不安から、少し離れた場所に立っている。「ただの木だよ、気にしないで。」サクラは笑いながら、木の根元でしゃがみこんだ。すると、その時、彼女の耳元で微かにささやく声が聞こえた。「助けて…」


サクラの心臓が跳ね上がった。無意識に振り返ると、彼女の友人たちは動けずに固まっていた。リョウが恐怖に満ちた目でサクラを見つめている。一瞬の静寂が訪れた後、再び「助けて」という声が響いた。今度ははっきりとした声だった。サクラは耳を澄ませたが、他の友人たちは何も聞こえていないという。


「大丈夫、リョウ?何か聞こえない?」サクラは怯えた様子で言ったが、リョウは首を横に振った。「何も聞こえないよ。ただ、ここから早く離れよう。」


その時、ふと彼女の視線が木の幹に留まった。幹の表面に、まるで空気が波打つような不規則な動きが見えた。サクラは驚いて目を凝らした。木の表皮が少しずつ変形し、何かがそこから顔を出そうとしているようだった。その瞬間、友人たちは恐怖に耐えかねて、急いで公園の出口へと走り出した。


サクラも慌てて彼らの後を追った。彼女の心には、何か大切なものを置き去りにしてきたような気がした。しかし、振り返ったとき、木の周りには異様な光が漂っており、その光はまるで彼女を引き寄せるかのように感じられた。「待って!」と叫び、サクラは再び木の方へと戻った。


彼女が近づくと、木の下に小さな子供が座り込んでいた。年の頃は七歳くらい。服はボロボロで、顔は泥で汚れている。彼は見上げて、「助けて、ここから出して…」と言った。その瞬間、サクラの胸がいっぱいになった。彼女は無意識に手を伸ばし、子供の手を取った。


しかし、目の前の公園の景色が急に歪んで、サクラはそのまま意識を失ってしまった。目が覚めたとき、彼女は公園の土の上に横たわっていた。周りは静まり返っている。友人たちはどこにもいなかった。


記憶を辿ると、彼女の前には大きな古木が立っていた。その根元には、あの子供の姿が消えていて、彼女は心に何とも言えない孤独感を抱えていた。そして、木は静かに彼女を見守るかのように立ち尽くしていた。


サクラは恐れを抱えながらも、やがてゆっくりと立ち上がった。自分の手には、子供が持っていた小さなぬいぐるみが握られていた。それはその子が、かつてここで遊んでいた証だったのだろう。彼女は心のどこかで、何かが始まったのを感じていた。その瞬間から、彼女の運命は確実に変わってしまったのだった。


その後、町の人々はサクラを見かけなくなった。公園は再び誰からも忘れ去られ、ただ「見守りの木」の伝説だけが噂され続けた。サクラの心の奥には、あの子供の声が今でも響いている。どこかで彼を助け、少しでも彼の代わりになれることを願って。彼女は、ひょっとしたらこの町を離れることができなくなってしまったのかもしれない。公園は彼女にしか見えない運命の道を示しているようだった。