雪夜の影
深い冬の夜、雪が静かに降り続けるある村に、ひとりの若い女性が住んでいた。名は清美。彼女は幼いころからその村で育ち、雪の中で遊び、友達と笑い合った思い出が深く刻まれていた。しかし、ここ数年、村には陰湿な噂が広がっていた。村の外れにある古びた小屋に若者が集まり、そこで一人が消えてしまうという噂だ。
誰もその小屋に近づこうとはせず、村人たちは恐怖に怯えていた。しかし、清美は好奇心が勝り、小屋のことが気になって仕方がなかった。彼女はある晩、決心して小屋を訪れることにした。夜の闇が街灯の明かりを呑み込み、冷たい風が道を横切る中、彼女は村を抜け出した。
小屋は村から離れた森の中にひっそりと佇んでいた。朽ち果てたドアが風に揺れ、かすかな音を立てる。清美は心臓の鼓動を感じながら、そのドアを押し開けた。中は薄暗く、埃っぽい空気が鼻を刺激する。目の前には、真ん中に薪ストーブがあり、その周りには幾つかの座席が配置されていた。
「誰かいるの?」清美は心の中で叫びながら声をかける。返事はなかった。しかし、不気味な静けさの中で、彼女はかすかに人の気配を感じた。目を凝らして周囲を見回すと、壁には古い写真がかけられていた。かつてこの小屋を訪れた若者たちの笑顔がそこにあった。しかし、彼らの目にはどこか陰りがあり、清美の胸は不安でいっぱいになった。
次第に彼女の好奇心は恐怖に変わり、逃げ出すべきかどうかを悩んでいると、突然背後で何かが音を立てた。振り向くと、そこには一人の若者が立っていた。彼もまた小屋に来たのだという。互いに自己紹介し、しばらく会話をしたが、彼の目はどこか虚ろだった。
「この小屋には何かがあると思う?」と清美が尋ねると、彼は口ごもって言葉を濁した。「感じているのか、何か……悪いものを。」
その言葉を聞いて、清美は恐怖をさらに感じた。村の噂が彼の口から語られるとは思わなかった。彼はこの小屋から逃げようとするが、ドアの前まで行くと、その場で立ち尽くしてしまった。何かに引き寄せられるように、彼の体は動かない。
清美の胸は高鳴り、彼の側に駆け寄った。「大丈夫、冷静になって。私たちで一緒に出よう。」しかし、彼はただ「もう遅い」と呟いた。彼の眼は恐怖に満ちて、まるで彼の魂がどこか別の場所に吸い込まれそうだった。
その瞬間、小屋の中が奇妙な音に包まれた。低い唸り声のような音が辺りを覆い、壁が震えるように感じた。清美はパニックに陥り、彼の手を強く引っ張った。だが彼は動こうとせず、まるで何かに取り込まれようとしているかのようだった。
「お願い、行こう!」清美が声を張り上げる。しかし、彼の反応はなく、彼は小屋の中央に立ち尽くしていた。その様子を見て、清美は絶望感に囚われた。彼女は一人で逃げなければならないと思った瞬間、何かが彼女の足元から現れた。
それは、黒い影のようなものだった。清美は恐怖で立ち尽くした。影は彼女に向かって這い寄り、冷たい空気を感じさせる。その瞬間、彼女は理解した。この小屋には何かが潜んでいる。彼女の後ろで、若者がついに影に飲み込まれてしまった。
清美は我に返り、この場から逃げ出そうと一瞬の躊躇もなくドアに向かった。だが、それを阻むように、影が立ちふさがった。彼女はその影に触れられたと思った瞬間、温かさを感じた。まるで過去の思い出が彼女を包むように、恐怖と混じり合った感覚が押し寄せる。
その時、清美は自分の村の思い出を思い出していた。幼いころ、大好きだった友達と雪の中で遊んだ記憶。彼女はその思い出を強く抱きしめ、影から逃れるために踏み出した。影はその力に抗えず、彼女の前から消えていった。
清美は全力で逃げると、外に出た瞬間、冷たい空気が彼女を迎えた。振り返ると、その小屋はまるで夢のように後ろに消えていった。村への道を走り抜け、帰り着くと、彼女は涙を流していた。
村人たちは彼女の帰りを待っていた。「何があったの?」と彼らは駆け寄るが、清美は言葉を失った。彼女の心には恐怖も、でも確かな記憶も残っていた。彼女はその後、小屋のことを語ることはなかった。しかし、あの夜、何かが彼女を守ったのだと、彼女は知っていた。村には再び静けさが戻ったが、彼女の心には一生消えない影が残った。