影に囚われて
彼女の名は美佐子。高校卒業を控えたある春の朝、彼女は友人たちと共に郊外の古い洋館を訪れることにした。噂では、その屋敷はかつて一家全員が謎の失踪を遂げた場所であり、近隣では恐ろしい影が現れるという話が絶えなかった。しかし、好奇心が勝り、彼らはその場所に足を踏み入れることにした。
洋館は薄暗く、風化した壁には古い写真が飾られていた。友人たちは写真を見ながら笑いあい、その場の雰囲気を楽しんでいたが、美佐子だけはどこか不安を感じていた。彼女は何か異様な空気を感じていたのだ。それでも友人の陽気な声に引きずられ、屋内を探索することにした。
二階に上がると、長い廊下の両側に並ぶドアを発見した。友人たちはそれぞれのドアを開け、自分たちの好奇心を満たそうとした。しかし、一つのドアだけが異様に開かず、美佐子はそのドアに引き寄せられるように近づいた。ドアの前で手をかけると、何か忌避感が沸き起こったが、好奇心には勝てなかった。
ドアを開けると、薄暗い部屋が広がっていた。部屋の中には大きなベッドと、古びた家具が散乱していた。空気はひんやりとしており、どこか不気味な雰囲気が漂っていた。美佐子は思わず後退りし、ドアの前に立ちすくんだ。その時、背後から友人たちの声が聞こえ、彼女は再び自分が一人ではないことを確認した。
しかし、彼女の周りの空気は徐々に重くなり、友人たちの声がどこか遠くに感じられるようになった。美佐子は再び部屋に目を戻した。すると、ふと気を取られたように、端の方に置かれた古びた鏡が目に入った。鏡の中に移る自分の姿は、どこかおかしかった。彼女の背後には、影のような存在が見えたのだ。
恐怖に駆られて、美佐子は急いでドアに駆け寄った。しかし、ドアは完全に閉じていて、まるで誰かに施錠されたかのようだった。パニックに陥りながら、彼女はドアを叩き叫んだが、友人たちの声はとうに消えていた。部屋に閉じ込められた彼女の心には、不安と恐怖が膨れ上がる。
暗闇の中で、彼女の視界は次第に慣れていった。そして、鏡の前に立つと、その存在ははっきりと見えるようになった。美佐子の後ろに立つ影は、彼女と同じ姿の少女だったが、その顔は歪んでおり、目は虚ろで無表情だった。恐怖が全身を駆けめぐるが、彼女は動けなかった。
影の少女は、美佐子にゆっくりと近づき、彼女の耳元で囁く。「助けて…」その声はかすかで、無邪気に聞こえた。しかし、それにも関わらず、美佐子はそこに恐ろしいものを感じていた。何かが彼女の心に侵入してくるようで、呪縛されたように立ち尽くしていた。
その瞬間、空間がひぐっと揺れ動き、影の少女は美佐子の目の前に立ちはだかった。彼女は笑顔を浮かべ、まるで本当に助けを求めているかのようだった。しかし、美佐子は思わず目を逸らし、心の中で恐怖が渦巻いた。
「私を助けて」と再び囁く声が響く。彼女はもはや耐えきれず、自分の意志がどこかに消え去ってしまったことに気づいた。動くことさえできず、ただその場に立ち尽くす。影の少女は一歩一歩近寄り、その手を伸ばしてくる。美佐子の心臓は急激に鼓動を速め、息苦しさが増していく。
「私を助けるの…?」美佐子は小さな声で反応する。しかし影の少女は無言のまま、ますます近づいてくる。心の奥には、自分がこの場所から逃げたいという激しい願望が芽生えていた。
その瞬間、ドアが不気味な音を立てて開いた。美佐子は我に返り、今が逃げられるチャンスだと思った。彼女は急いでドアを抜け、階段を駆け下りる。友人たちはちょうどその時、彼女の姿を見て驚いた様子だった。
「美佐子、何があったの?」友人の一人が迫ってくる。しかし、彼女は何も答えられず、ただその場から逃げ出した。後ろを振り返ることはできなかった。洋館から離れるにつれ、胸の鼓動は落ち着き、徐々に後ろの影が薄れていくのを感じた。
だが、その後も怪奇現象は続いた。美佐子の背後に影の少女が常に存在するような感覚が消えなかった。どんなに光の中にいても、彼女の心には暗い影が付きまとい、夜が訪れるたびに恐怖に怯えさせた。彼女はその後、友人たちとその洋館を語り合うことはなく、次第に心に深い闇を抱えることになった代償に、彼女は一生、その影から逃れられないことを悟った。