未来を紡ぐ魔法
彼女の名はリリス。彼女が住む都市リダエルは、魔法が日常生活に溶け込んだ世界だった。街角の花屋で並ぶ色とりどりの花々は、魔法の力でいつも美しく咲き誇り、商店のオーナーたちはそれぞれの魔法を駆使して商品の魅力を引き立てていた。しかし、リリスは普通の人々とは異なる特別な能力を持っていた。彼女は「忘却の魔法」を使うことができた。
リリスの力は、他人の記憶を消すことができるという恐ろしいものであった。彼女はその力を自らのために使うことはなく、常に他人のためにその魔法を発動していた。痛みや悲しみを癒すために、誰かを楽にするために。そのため、彼女は街の人々から慕われ、時には頼られることもあった。
ある日、リリスは小さな少年の家を訪ねた。少年の名はカイル。彼は病気で入院しており、母親がいないために寂しさを抱えていた。カイルは、友達と遊ぶことも、外に出ることもできず、病院の白い壁の中だけで生活していた。彼の目には希望が見えず、リリスは彼に何かできることはないかと考えていた。
「ねえ、カイル。君が元気になったら何をしたい?」リリスはそんな質問を投げかけた。カイルは少し考えた後、目を輝かせて言った。「皆で公園で遊びたい!ボールを蹴ったり、かくれんぼをしたり、青空の下で笑い合いたい!」
その瞬間、リリスは決心した。彼女は、カイルがあまりにも早く回復することができるように力を使うことを決めた。彼女はその日、カイルの記憶を操作し、彼にかくれんぼやボール遊びの楽しさを教えた。無邪気な笑い声とともに、彼の心に幸せな記憶を植え付けていった。
数日後、リリスはカイルの病室を再び訪れた。すると、彼の表情は明るく、元気な声で彼女を呼んだ。「リリス!もう大丈夫だよ!今日は病院を出るって!」彼女は喜びに包まれた。しかし、その瞬間、リリスの心の奥底で少しの後悔が生まれた。果たして、彼の記憶を操ったことは本当に良いことだったのか?それは彼自身の力ではないのか?
彼女は悩みながらカイルに微笑みかけ、彼の手を取った。「じゃあ、一緒に外に出ようか?」リリスは彼を連れて、庭に出た。そして彼が周りの風景を見た瞬間、その顔が一瞬曇った。彼は新鮮な花の香りを嗅ぎ、木々で遊ぶ子供たちを見ると、自分が取り残されていることに気づいてしまったのだ。
「リリス、僕…友達と遊べないんだ。みんなは外で遊んでいるのに…」カイルの言葉に、リリスは胸が締め付けられた。彼女はその瞬間、自分が記憶を消すことで彼を楽にしようとしていたのではなく、実は彼の未来を奪っていたのだと気づいた。彼には自分で乗り越える力が必要だった。
その思い出が重くのし掛かる中、リリスは決意した。カイルの記憶をまた戻すことにした。彼女は彼の小さな手を包むように握りしめ、深呼吸して言った。「カイル、僕には本当の君が必要なんだ。だから、少しだけ痛むかもしれないけれど、君の記憶を元に戻すね。」
カイルは目を大きく見開き、「覚えてることが痛いの?」と涙ぐんだ。リリスは一瞬ためらったが、彼にとっての成長を信じることにした。自身の力でその痛みに向き合い、未来を切り開く力を身に着けられるよう、彼女は魔法をかけた。
カイルの目が徐々に輝き、心の中にあった希望が再び甦ってきた。彼はリリスの顔を見上げ、「もっと強くなりたい。もう一度、遊びたい!」と叫んだ。その言葉に、リリスは微笑んだ。
魔法の力を持つ彼女が、今度は他人の未来に寄り添う方法を見つけたのだ。自分の記憶を取り戻したカイルは、ただの患者ではなく、かけがえのない存在として自立し、戦える力を得ることができた。
リリスは、彼の手をしっかりと握りしめ、共に新たな一歩を踏み出す未来を楽しみにしていた。彼女は「忘却の魔法」を通じて、逆に大切なものである未来を創り出したのだ。そして、それは彼にとっての真の魔法でもあった。