呪われた鏡の家
冷たい風が街を吹き抜ける晩秋の夜、静まりかえった村の片隅に住む佐藤美咲は、長い間忘れ去られた家に目を留めた。その家は、子供のころから「呪われた家」として村人たちに語り継がれてきた。塀は崩れ、窓は塞がれたまま、かつての美しさを失っていた。美咲は友人たちからの勧めで、勇気を振り絞ってその家を訪れることにした。
家へと続く道は、所々草に覆われていて、長い間誰も通った形跡がないようだった。周囲は異様な静けさに包まれ、時折、頭上を横切る雲に月明かりが隠されると、闇が一層濃く感じられた。美咲はドキドキしながら玄関の扉を押し開けた。
扉の向こうは、冷気が漂い、埃っぽい空気が彼女の鼻をつく。中は薄暗く、家具は古び、壁には所々ひびが入っていた。彼女の心臓は早鐘のように打ち、背中を肌寒いものが走り抜けた。だが、美咲は好奇心に駆られ、奥へ進んでいくことにした。
居間には、かつて誰かが使っていたであろう布製のソファがあり、窓からは月光がわずかに差し込んでいた。美咲はそのソファに腰を下ろし、少し落ち着くことにした。すると、不意に耳元で誰かの囁き声が聞こえた。「出ていけ、出ていけ…」その声は弱々しく、まるで彼女を追い払うかのようだった。
美咲は驚き、立ち上がると、声の響いた方を振り返った。誰もいない。しかし、その瞬間、彼女の視界の端に、白い影が見えた。振り向くと、影は一瞬で姿を消した。血の気が引く思いをしながら、美咲は恐怖心に駆られたが、背筋を伸ばしてさらに家の中を探索することにした。
彼女は階段を上がり、二階の廊下を歩いた。壁にはかつての家族の写真が飾られていて、その瞳は今にも彼女を見つめ返してくるようだった。美咲はとくに目を引いた一枚の写真に近づいた。そこには、親子が笑顔で並んでいたが、何か異様なものを感じる。背後にうっすら写り込んでいる影が、どこか不気味だった。
その瞬間、ドアがバタンと音を立てて閉まり、彼女は驚いて振り返った。廊下の奥にある部屋の扉が、誰かの意志によって閉じたのだ。恐怖に駆られた美咲は、心の中で「出ていけ」という声が再び響くなか、どうしてもその部屋を開けることができなかった。しかし、好奇心は彼女を突き動かし、思い切ってその扉に手をかける。
ドアが軋む音を立てて開くと、薄暗い部屋は密室のような空気で包まれていた。中央には大きな鏡があり、その周囲は埃で覆われている。美咲は鏡を見つめ、ふと自分の姿に映り込んでいるものに気づいた。そこには、自分の後ろに立つ女の姿が映っていた。その女性は白いドレスをまとい、無表情で美咲を見つめていた。
驚愕のあまり声も出せずに立ち尽くす美咲。その女性の目は深い闇の中に沈んでいた。何が起こっているのか理解できず、心臓はさらに速く鳴り響く。美咲は自分への恐怖心と後ろの女性への恐怖心が交錯し、身動きが取れない。一瞬、後ろの女性が微笑んだように見えたが、それは彼女をふさぎ込むような、悪意に満ちた笑みだった。
「あなたも、私の仲間になりたい?」女性の口が動き、その声が美咲の頭の中に直接響いてくる。美咲は恐怖で心臓が張り裂けそうになる。耳の奥に、「出ていけ」という声がより大きく、再び響いてくる。
我に返った美咲は、思わず部屋を飛び出そうとする。だが、次の瞬間、強い力で背中を押され、再び鏡の方へ引き寄せられる。「逃げられないよ…」その言葉が頭の中で繰り返される。美咲は必死に両手で鏡を掴み、その表面を叩くが、何も起こらない。
彼女は絶望的な気持ちで、自分の存在が消えてしまうのではないかと恐れる。鏡の中で映る自分は、いつの間にか笑みを浮かべている。やがて、心の奥底から湧き上がってきた不安や恐れが、美咲の意識を覆い尽くした。彼女はそのまま鏡の中の女性の元へ引き寄せられ、暗闇に消えていく。
数日後、村の人々は不気味に静まりかえったその家を訪れ、美咲を心配して捜索を始めた。しかし、家の中には彼女の跡形もなく、ただ静寂が支配していた。誰も彼女を見つけることはできなかったが、途絶えた噂の一つとして「呪われた家」が再び語り継がれることになった。その家の奥深くには、今も美咲の姿が鏡の中に残され、彼女を求める者たちを待っているかのようであった。