館の赤い目

村の外れにある古びた館は、かつて賑わっていたが、今はすっかり廃墟になっていた。高齢の住民は、昔その館に住んでいた家族が悲劇的な事故で全員亡くなったと語る。誰も住む者がいなくなってから、館は幽霊が出るという噂が広まり、村人たちは近づかなくなった。


やがて、東京から一人の若い女性、沙織がこの村に引っ越してきた。彼女は都会の喧騒から逃れ、静かな生活を求めていた。沙織にとっては、館の存在などただの無意味な噂に過ぎなかった。


ある日、沙織は散歩の途中でその館の前にたどり着いた。その時、館の二階の窓から白い影が彼女をじっと見つめているのを感じたような気がした。しかし、目をこらしても何もなかった。ただの気のせいだと思い、その日のことは忘れることにした。


それから数日後、沙織は村で知り合った老人、田中さんに館のことを話した。田中さんは怖い顔をして言った。「あの館には決して近づいてはいけません。あそこには、未解決の悲劇が封じ込められているのです。」


沙織はその言葉を軽く聞き流した。好奇心に駆られた彼女は、翌日再び館を訪れることにした。館の扉は簡単に開いた。中に入ると、埃まみれの家具や、当時のまま放置された様々な物が彼女を迎えた。古びた鏡、半分腐った木製の棚、そして散らばった手紙。沙織は好きなだけ探索してみたが、何一つ不思議なものは見つからなかった。


しかし、館を出た瞬間、心の奥底に不安感が芽生えた。次の夜も、沙織は夢に館が現れた。そこでは、窓からの視線を感じ続け、人影が瞬く間に消えるのを繰り返し見るのだ。目が覚めると、肌寒い汗が体中を覆っていた。


その翌日、好奇心に負け、沙織は再度館を訪れることにした。館の中を更に詳しく調べてみると、一つの鍵付きの小箱が見つかった。偶然、鍵も近くに転がっていた。小箱の中には、古い日記が入っていた。日記は、かつてここに住んでいた家族のものだった。


日記の内容には、幸せそうな日々の記録があったが、ある日から急に変わった。家族全員が同じ悪夢を見るようになったという内容だった。悪夢の中で、赤い目の男が家族をじっと見つめている。日記の記述が続くにつれて、家族の精神状態が崩壊していく様子が克明に描かれていた。そして、ある日の記録で、家族全員が謎の死を遂げたことが書かれていた。だが、その後の日記には、誰かが書き続けた痕跡が残っており、不気味なことに、その内容は沙織が体験している悪夢とよく似ていた。


日記を閉じると、館の中の空気が急に重くなったように感じた。窓の外を見ると、どこからともなく霧が立ち込めてきていた。沙織は急いで館を出ようとしたが、出口までの距離がやけに長く感じる。どれだけ歩いても先に進まないような奇妙な感覚が包み込んだ。


突然、背後から誰かの気配を感じ、振り返った。そこには、赤い目をした男が立っていた。男の目は冷たく、無慈悲な光を放っていた。沙織は恐怖で体が動かなくなり、その場で立ち尽くすしかなかった。男はゆっくりと沙織に歩み寄る。心臓が早鐘のごとく鳴り響く中、彼の口元がうっすらと微笑むのが見えた。


「終わらない悪夢の始まりだ。」


楽しいと思っていた散歩も、安らぎを求めた生活も、一瞬で奪われた。沙織は目を閉じ、再び目を開けると、あの痛ましい日記のページに書かれた赤い目の男の正体に気づいた。館が彼女に何かを訴えかけていたのだ。そしてその訴えは無視できないものであった。


次の日、沙織は館の前で倒れたまま亡くなっているのを村人に発見された。恐怖に歪んだままの顔は、彼女が何を見たのかを示していた。


村人たちは再び館に近づかないことを誓い、それから館はますます荒れ果てていった。そして、館の窓からは常に誰かが村人たちをじっと見つめているという噂だけが残った。


村の闇に隠されたこの真実は、決して明るみに出ることはなかったが、人々の心には常にその存在が恐怖として刻まれ続けた。