選択の狭間

深い森の奥に、古びた洋館が静かに佇んでいた。この洋館は、「死者の館」として知られていた。どんな人もこの館に近づくことを避け、数十年の間誰も住むことはなかった。しかし、その噂を聞きつけた若いジャーナリストの玲奈は、一つの決意を抱いてこの場所を訪れた。


玲奈は、ここにまつわる伝説を調べるためにやってきた。言い伝えによれば、この屋敷に住んでいた一家は、ある晩、忽然と姿を消したという。家族全員が同時に行方不明になり、その後二度と見つかることはなかった。今でも時折、風の音に混じって彼らの叫び声が聞こえるという。


洋館の扉を押し開けると、内部は埃まみれで、時間が止まったかのように静まり返っていた。廊下には古い写真が並んでおり、その中に家族の姿があった。笑顔で写る彼らの目には、何か不可思議な輝きが宿っていた。しかし、その温かさの裏には、恐ろしい運命が隠されていたのだろうか。


玲奈は館を探検し始めた。部屋ごとに異なる雰囲気が漂い、隅々まで神秘的な存在感が感じられた。特に、地下室への階段に差し掛かると、異様な寒気を感じた。意を決して階段を下りると、そこには湿気を含んだ空間が広がり、中央には古いテーブルが置かれていた。その奥にある棚には、様々な本が並んでいたが、特に一冊の古びた日記が玲奈の目を引いた。


日記を開くと、家族の過去や、失踪の夜の詳細が綴られていた。そこには「生者と死者の狭間に存在する契約」についての記述があり、家族はその契約によって死者の世界に行くことを選んだという。玲奈は驚愕し、次第に恐怖が心を支配していく。しかし、好奇心が勝り、さらに読み進めることにした。


日記には、家族が何度もこの世とあの世の境界を越え、次第に生きることに嫌気が差していった様子が描かれていた。彼らは次第に「永遠の安らぎ」を求め、ある晩、危険な儀式を行った。すると、盛大な雷鳴と共に彼らは消え去った。日記はそこで途切れていた。


玲奈は胸騒ぎを感じながらも、さらに調査を続けようと決意したが、その瞬間、背後から急激に冷たい風が吹き抜けた。振り向くと、薄暗い影が目に入った。それは、かつてこの館に住んでいた家族の姿をした幻影だった。彼らは、無表情で玲奈を見つめている。


「お前も来たのか?」


彼らのうちの一人が呟く。玲奈は恐怖で身動きが取れず、ただ立ち尽くすしかなかった。幻影は彼女に向かって近づいてくる。彼女は意識が遠のきそうになりながら、どうにか言葉を絞り出した。


「何があったんですか?あなたたちが消えた理由は?生きていたいとは思わなかったんですか?」


幻影たちは静かに繰り返した。


「生きることは苦しい。死ぬことは安らぎ。私たちの選択を理解しろ。」


その言葉に玲奈は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。自分もまた、人生に疲れを感じていた。しかし、彼らの選択は間違っていたように思えた。


「でも、選ぶことはできる。生きることも、死ぬことも。」


その瞬間、家族の幻影は一斉に消え去り、静寂が戻った。玲奈は自らの内面を見つめ直す決意をした。彼女はこの館を出ることを決心し、再び外へ向かおうとした。


その時、足元に何かがひらひらと落ちた。それは、日記の一部が散らばったもので、その一枚には家族が写った最後の写真が見つかった。彼らの明るい笑顔の裏には、長い時間をかけて解き明かすべき呪縛が隠れていることに気づく。


玲奈は、そこで見たものを決して忘れずに生き続けようと、静かに洋館を後にした。生と死の狭間で選んだ道の重要性を胸に、彼女は新たな一歩を踏み出した。