影との対話

冷たい秋の風が吹き抜ける夜、アヤは友人たちと共に古びた廃病院に肝試しに行くことに決めた。伝説によれば、その病院では多くの患者が奇怪な死を遂げ、その霊が今もさまよっているという。特に、新しくできた部屋「C室」には、忌まわしい噂が絶えなかった。アヤは一種の好奇心と恐怖心の入り混じった感情で、その病院に足を踏み入れた。


病院の外観は崩れかけ、黒ずんだ壁には蔦が絡まり、まるで何かの生き物のように見えた。友人たちは口々にこの廃墟の恐ろしさを囁き合い、特にモリが言う「誰かが出てきたらどうする?」という言葉が、アヤの心を不安で支配した。だが、肝試しの決意は固く、彼女たちは懐中電灯を手に入れて、廃病院のドアを開けた。


内部は暗闇に包まれており、かすかな足音を絨毯のように吸い込む静けさが広がっていた。何度も振り返り、影が動く瞬間を見逃さないよう目を凝らす彼女たち。しかし、何も見えず、ただ冷たい空気だけが体を包み込む。ダニエルが言った。「最初にC室に行こう。あそこが一番面白いだろ?」彼の言葉に皆が賛同し、恐る恐る進んでいった。


C室にたどり着くと、ドアは重く、かすかな悲鳴のような音がした。アヤはドアを開けた瞬間、胸がドキリとし、何かが彼女を引き留めるような感じがした。部屋の中は無残に散らかり、古びた医療器具が壁を沿って無造作に置かれていた。淡い懐中電灯の光が、不気味な影を作り出す。


「誰か、何か声が聞こえない?」ナナが不安そうに言った。アヤも耳を澄ませると、確かに微かな声がする。まるで誰かが助けを求めているかのようだった。しかし、すぐにその正体が分からなかった。さらに不気味なことに、懐中電灯の明かりが、誰かの姿を一瞬だけ捉えた浮遊する影。それは人の形だったが、目や口はなく、ただ無機質な闇に包まれていた。


アヤは怖じ気づき、一歩後ずさる。モリも声を上げた。「もう帰ろう、マジで怖い。」彼女たちはその影から逃れるように部屋を出ようとしたが、ドアが急に閉まった。その瞬間、周囲が暗闇に包まれ、懐中電灯の光さえ消えた。心臓が激しく打ち、アヤは恐怖に凍りついた。


突然、助けを求める声が増えた。あたかも彼女たちを捉えようとするかのように、いくつもの声が耳元でささやく。友人たちの顔には恐怖が映し出され、絶望の表情が広がる。「これは悪夢だ、早くなんとかして!」ダニエルが叫んだ。アヤは必死にドアを押したが、全く開かない。


その時、目の前に現れた影が、まるで彼女の心の奥を掴むように動いた。かすかな音を立てながら、彼女のすぐに近づいてきた。アヤは恐怖が頂点に達しながらも、「何か言いたいの?」と声を絞り出した。影はゆっくりと首をかしげ、まるで答えを求めているように見えた。


その瞬間、アヤの記憶が蘇る。彼女は子供の頃、病院に入院していた姉がいた。姉は病気で苦しみ、亡くなったのだ。アヤはその日から、自分を責め続けてきた。「あの時、もっと助けてあげられたら・・・」影はそういったアヤの心の重荷を見抜いたかのようだった。


「ごめん、姉さん。助けてあげられなかった。」アヤは涙を流しながら声に出した。影は少しだけ静まり、彼女の目の前で止まった。それはアヤに自分の思いを訴えるかのように見えた。もう一度、何かをお願いするように。


すると、ドアが突然開いた。友人たちは一斉に叫び、廊下へ飛び出した。アヤは最後に影に向かってつぶやいた。「好きだった、ずっと忘れないよ。」そして彼女も急いで部屋を出た。


廃病院を後にする際、彼女は振り返り、今でもその影がそこにいると感じた。彼女の心には一つの重荷が消え去り、姉の存在を改めて感じた。そして、幾分心が軽くなったアヤは、友人たちの元へと駆け出していった。