探し続ける声

彼女は一人暮らしのアパートに住んでいた。仕事は夜勤が多く、不規則な生活を送る中で、自分の時間を楽しむことが唯一の救いだった。アパートは古く、隣の住人の気配も感じられないほど静かだった。その静寂の中で、彼女は自分の習慣を持っていた。それは、毎晩寝る前に窓を閉め、カーテンを引くこと。しかし、ある晩、何かが変わった。


その日、仕事から帰るといつもと違って部屋がどこかひんやりとしていた。電気をつけると、薄暗い光の中で彼女はそれに気づいた。窓が開いていたのだ。強風が吹き込んできて、カーテンが揺れている。彼女は心臓が高鳴るのを感じたが、自分で閉めたはずの窓が、どうして開いているのか理解できなかった。


「まさか、鍵を閉め忘れたのか…?」と彼女は思ったが、使ったのはずっと前の話。何度も確認したはずだ。ただの風だろう、と思い込もうとしたが、不安は拭いきれなかった。彼女は窓を閉め、カーテンを引いた。


その晩、彼女は寝る前に小説を読むことにした。ちょうどサスペンス小説を手に取り、物語の中に没入していく。しかし、ページをめくるうちに、何度も窓の外から低い音が聞こえた。最初は風の音だと思ったが、次第にその音は静かなささやきに変わっていく。はっきりとした言葉はわからなかったが、確かに誰かが自分の名前を呼んでいるような気がした。


その晩は眠れなかった。深夜、何度も目が覚めるたびに、耳を澄ましたが、すぐに静けさが戻ってくる。明け方近く、彼女はついにあきらめて仕事に行く準備を始めた。そんな時、またあの音が聞こえた。ただの風ではない、それは確かに誰かが近くにいるような気配だった。


日に日にその怪しい音は強くなっていく。彼女は周囲を気にかけるようになり、近所の人々に話を聞いてみた。しかし、誰もそんな話はしていなかった。「大丈夫、少し疲れているだけよ」と自分に言い聞かせる日々。だが、次第にその声は彼女を追い詰める。このままではいけないと思い、何か手立てをしなければと思うようになった。


ある晩、彼女は決心して窓を開けてみることにした。さっきまでの空気とは違う、息苦しいような重い空気が流れこんできた。すると、その瞬間、彼女の耳元で誰かの声が囁いた。はっきりとした声だった。「探しているよ。」


彼女は恐怖で凍りついた。その声はまるで自分を捕らえようとしているようだった。恐ろしさに身を震わせながらも、どうしてもその声の正体を知りたくなった。心に不安を抱えつつ、彼女は思い切って声の方へと呼びかけた。「誰なの?」返事はない。ただ静寂が続く。彼女はさらに恐怖を感じ、自分の頭の中が混乱し始めた。


その後、彼女はあてもなく街を歩き回った。音はなく、ただ静まり返る夜の中で、彼女の心は不安へと支配されていった。次の日、彼女は近所の古本屋で見つけた一冊の本に目を奪われた。本の表紙には、彼女が聞いた声に似た女性の写真が載っていた。その本は、過去にこのアパートで暮らしていた女性の物語だった。


彼女は興味を持ってその本を買った。帰宅し、ベッドに横たわり、じっくりとその内容を読み進める。主人公は不思議な現象に悩まされ、次第にその声に導かれるようにして明かりのない真実に迫っていく。そしてその主人公は、最終的にその声の主が嘆き悲しむ幽霊であることを知り、解放する方法を探し始める。


読んでいるうちに、胸が締め付けられる思いを抱えた彼女は、恐怖と共感が交錯していた。自分も同じように、この幽霊を解放してあげるべきなのだろうか。迷いながらも、彼女はその行動に出る決心をした。


次の晩、彼女は再び窓を開け、暗がりの中で呼びかけた。「もしあなたがいるのなら、私は聞いているよ。」すると、すぐさま風が吹き、彼女の心臓が鼓動し始めた。「探しているよ…」その声が低く聞こえてくる。


彼女は心を決め、その声の源に向かって一歩踏み出した。しかし、その瞬間、背後から冷たい手が彼女の肩を掴んだ。振り向くと、そこには本の主人公と同じ表情をした女性が立っていた。彼女の目には悲しみと切なさが浮かび、過去の記憶がそこに閉じ込められているかのようだった。


「助けてほしい…でも、私はまだここにいるの…」その声が元気を失っていくのが聞こえた。彼女は恐怖以上の感情、同情と悲しみを感じた。自分にできることは何かを考え、彼女は息を深く吸い込み、告げた。「私があなたのためにできることがあるなら、教えてください。」


その瞬間、部屋の中が光に包まれ、女性の姿はゆっくりと消えていった。耳元には「ありがとう」と囁かれ、心に温かい感覚が広がった。彼女は目を閉じ、そのままいくつかの瞬間が過ぎ去るのを感じた。


次の日、彼女は今まで感じていた重苦しさが消えたのを実感した。窓はいつも通り閉まっており、部屋には静かな静寂が戻ってきた。しかし、彼女の心には新たな決意が宿っていた。もうあの代わり映えのない日常には戻らない。彼女は失われたものを探し続ける決心をしたのだ。