影の追跡

廃れた小さな村、月光が薄く地面を照らす夜だった。その村には、住人が語り継ぐ恐ろしい話があった。それは、毎年同じ日に若い女性が姿を消し、その一年後に遺体が発見されるという連続失踪事件だった。この年も、その日が近づいていた。


梶田彩華(かじたあやか)はその村で育った24歳の教師だった。彼女は事件の再発を防ぐために、子供たちに夜道は歩かないように厳しく指導していた。しかし、その強い使命感が、彼女を引き裂く運命へと導いてしまう。


ある晩、彩華が家に帰る途中、一人の男が闇の中から突然現れた。その男の名は村田淳(むらたじゅん)。彼は30代半ばの未婚男性で、村の外れに住んでいた。笑顔を浮かべ、一見すると親しみやすい雰囲気を醸し出していたが、その眼には底知れぬ冷たさが漂っていた。


「こんにちは、梶田さん。こんな夜遅くにお単独行動かい?」


淳は何も知らぬ彼女に近づき、世間話を始めた。だが、彩華はその不自然な親近感に少し不安を覚えた。しかし、何も言えずにその場を立ち去ることはできなかった。


「村田さん、遅くまで何をしているんですか?」彼女はなんとか会話を続けた。


淳はにやりと笑った。 「ちょっとした散歩さ。夜の静けさが好きなんだ。」


それから数日後、紗英の教室では心の底から楽しげな彩華の顔が見られるはずだったが、彼女が村田と遭遇したその夜から、何かおかしなことが起き始めた。教え子たちは「暗い影が見える」と言い出し、村全体が不安に包まれた。


そんなある晩、彼女は悪夢にうなされ続け、ついに家を飛び出してしまう。その足先が向かったのは、村田の家だった。まるで何かに導かれるかのように。


「村田さん、どうして私の夢に出てくるの?」彩華は無意識のうちにその問いを投げかけた。


しかし、家の中は静まり返っていた。彼女は勇気を出してドアをノックすると、中から返事が聞こえた。


「どうぞ。」


ドアの向こうにあったものは、彼女にとって生涯忘れられない光景だった。部屋の壁一面には、赤い文字で「次はお前だ」と書かれていた。それはまるで、血のようだった。


「どうして、なぜこんなことを?」彩華は言葉を失った。


淳は不気味な笑みを浮かべたまま近づいてきた。「君は特別なんだ、彩華。君の恐怖を見るために、私はここにいる。」


「警察に通報するわ!」彩華は携帯電話を取り出し、震える手で通報ボタンを押そうとした。


だが、淳は驚くほどの速さでそれを奪い取った。「無駄だよ。誰も君を助けてはくれない。」


その日から、彩華の生活はまさに地獄へと変わっていった。毎晩、彼女は村田の影に怯え、悪夢にうなされた。食事もままならず、体力も精神も限界に達していた。


ある日、村は再び闇に包まれた。彩華は教室で子供たちに授業をしていたが、突然異変に気づいた。教室の窓から外を見ると、淳がこちらをじっと見つめていたのだ。


彩華は震えながら校長室に駆け込んだ。「村田淳が、また現れました。どうか、どうか助けて!」


しかし、校長は困惑した表情で彩華を見つめるばかりだった。「村田淳?彼は数年前に亡くなったんじゃなかったか?」


その瞬間、彩華は搬倒し、意識を失った。目が覚めると、彼女は病院のベッドにいた。心配そうに見つめる村の人々が取り囲んでいた。


「村田淳は死んだはずなのに、何度も彼を見かけるんです。どうして?」彩華は涙を流しながら語った。


だが、回答はなかった。誰もがその話を聞いても信じてくれない。それもそのはず、村田淳は確かに死んでいたのだ。しかし、彼の影が彩華を狙い続けていることは否定しがたい事実だった。


最後に、彩華は村を去る決心をした。その決意が彼女を救う一筋の光かもしれないと信じていた。引っ越しの日、彼女は村の出口でふと立ち止まり、振り返った。その瞬間、彼女は寒気を感じた。村田淳が、再び笑いながらこちらを見つめていたのだ。


「ああ、逃げても無駄なんだな。」彩華は呟いた。


彼女が車に乗って村を去るとき、村田の影は車のリアウィンドウに映り続けていた。その視線は、どこまでも追いかけるようだった。彼女がどれほど遠くへ行っても、その影から逃れることはできなかった。