闇に引き寄せられて
彼女はいつも、静かな図書館で本を読んでいた。古びた本の匂いが好きで、切り裂くような静寂が心を落ち着けてくれるからだ。彼女の名前は鈴木美咲、大学生で文学部に通っていた。特にホラー小説のファンであり、ダークな物語に惹かれていた。
ある日、美咲は図書館の一角にある、普段はほとんど手に取られない古い本を見つけた。本の表紙は真っ黒で、タイトルも著者名も記されていなかった。好奇心を抱いた彼女は、その本を借りることにした。
その夜、美咲はベッドに横たわりながら、その本をページをめくった。内容は不気味な物語だった。主人公が小さな村に引っ越してきて、住民たちが不穏な雰囲気を漂わせているという話。美咲はその村の人々が怪しい行動をする様子に魅了され、物語に引き込まれていった。
読み進めるうち、彼女は村の住民が一人、また一人と姿を消していく様子に気づく。主人公は村の闇を探るため、昔の伝説を調べ始めた。美咲はその伝説に思いを馳せた。少しずつ物語の内容が現実とリンクしていることに気づく。何度かページをめくると、彼女は村の住民たちが特定の日に一堂に会する儀式を行っていることを知った。
美咲は一度、読みかけの本を置いて、ふと窓の外を見る。夜空には満月が輝いていた。彼女はその美しさに見とれ、もう一度本に目を戻した。すると、突然の冷たい風が部屋を吹き抜け、彼女の背筋に冷たいものが走った。嫌な予感を抱きながらも、彼女は続けてページをめくった。
物語が進むにつれて、特定の日の日付が近づいてきた。主人公はその日、村で行われる儀式を止めようと決意するが、村人たちが彼を阻止しようとする様子が描かれていた。その村人たちはなぜか、読者である美咲に呼びかけるように語りかけてくる。
「おいで、鈴木美咲。」
それはただの物語の中のセリフではなく、まるで部屋の中から聞こえる声のようだった。美咲は心臓が高鳴るのを感じ、ぞくぞくとした感覚が彼女を包み込んだ。彼女はそれを無視し、本に集中しようとしたが、その声はますます強まり、彼女を引き寄せるかのようだった。
次の日、彼女は大学に行くのを躊躇った。いつも通りのキャンパスが、どこか異様に感じられたからだ。友人たちと話していると、彼女の心は本の中の村に引きずられていく。彼女は村の儀式が実際に起こるのではないかと思い始めた。
美咲は本を返す決心をし、図書館へ向かった。しかし、本を返す前に、もう一度その本を開くことにした。いつも通りの静かな図書館の中で、彼女は再びページをめくった。すると、次のページに不気味な絵が描かれていた。村人たちが集まる儀式の光景だった。
「この日が来るのを待っていた。」
その絵の下に書かれた言葉が、彼女の心に重くのしかかった。彼女は急に恐怖に襲われ、目がかすむ。どうしてこんな本を見つけてしまったのか、後悔の念が押し寄せた。その瞬間、彼女の後ろに温かい息を感じ、振り返ると誰もいなかった。しかし、図書館の静けさの中で、耳元に再び声が聞こえた。
「来て、私たちと一緒に。」
美咲は絶対にこの本を読んではいけなかったと思った。すぐに本を閉じ、図書館を飛び出す。家に帰る途中、道端の人々の目が、いつもと違って見える。彼女には彼らが、村の住人たちと同じ目をしているように思えた。
それから数日が経ち、美咲は気持ちの悪い夢を見続けた。夢の中で、彼女は村で行われる儀式の一員として、周囲の人々に取り囲まれていた。その夢は日に日にリアルになり、彼女は次第にその村に連れて行かれているように感じるようになった。
ついに彼女は運命の日を迎える。時計の針はちょうど深夜を指していた。その時、美咲は再び夢の中へ引きずられ、目を覚ますと見慣れない場所に立っていた。周りには見覚えのある村の風景が広がっている。
恐怖と混乱の中、彼女は自分が物語の中に入り込んでしまったのだと理解する。この村から逃げ出そうとするが、村人たちに囲まれ、くるくると反響する声が耳に響く。
「おいで、鈴木美咲。」
彼女は決して戻れないことを知り、絶望に沈み込む。彼女の周りにいるのは、見覚えのある村人たち。それは本の中の人物たちだった。
彼女はその瞬間、全ての伏線が繋がったことを悟る。この物語はただのフィクションではなかった。彼女の運命は、この村の一員として受け入れられることだったのだ。